英智くんの言葉が忘れられなくて、僕はfineのライブは真っ先に場所取りに行くはずだったのに、その場から動けなかった。

多分、会場に行っても笑顔でサイリウムを振れない…。

そんなのfineのファンも、英智くんたちも悲しむと思って僕は行かないことにした。

幸いにも、ライブを生放送で映しているディスプレイが校内にも設置されていて、ライブ会場まで行かなくてもライブの様子は見れる。

さっきまで僕の目の前にいた英智くんは、画面の中で輝いていて、僕は目の前でそれが見たかったなあと思った。

使われなかったサイリウムをカバンの中に入れて帰ろうと腰を上げた。

英智くんに何も言わず来てしまったから、英智くんは怒ってるのかもしれない。

帰ったらごめんなさいとメールを入れようと思った。きっと返信は来ないだろうけど。

来た時とは反対に沈んだ気持ちで歩いていると目の前に大きな影が出来た。

「また会いましたねぇ!その驚きに満ちた表情!素晴らしい!」

制服姿の日々樹渉くんだった。

まさか、また会うとは思わなかった。

「あ、あ…お、お疲れ様でした…っ、今日も素敵なライブで…」

「私は日々樹渉、貴方のお名前は?」

「あ、…みょうじ、なまえ…です…」

「浮かない顔をしていますが、何か残念なことでも?」

「っそんな…今日はイベントにも来れて…楽しかったので…」

「その割には全く楽しくなさそうな顔ですけどねぇ?」

のぞき込まれたその顔にびっくりして後ずさりしてしまった。図星をさされて何も言えない。自分が挙動不審になっているのがわかった。

ああ、こんなところを英智くんが見たらまたいつものように舌打ちをされるかもしれない。

「そ、そんなことないです…。あ、あ…のっ、え、えい、…っ天祥院くんに…っ今日もかっこよかった…です、って伝えてもらってもいいですか…っ、お、烏滸がましいとは分かってますが…っ、」

サイリウムの入ったカバンをギュッと握りしめて英智くん、ではなく天祥院くんと呼んでお願いごとを目の前にいる日々樹くんにした。

伝えてもらえるか分からないけど、それだけは英智くんに伝えたかったことだった。

「ふうむ。もう貴方の後ろにいますから、直接言ったほうが早いのでは?ねぇ?」

俺の後ろを指さす日々樹くんにつられて、顔を向けた。

「あ…、え、えい、…天祥院くん…」

英智くんの目はどんな感情なのか分からなかった。ただ僕を見ていた。

真っ白な衣装から変わって、制服姿の英智くんは見新しかった。

英智くんがコツ、コツとゆっくり近づいてきて僕の目の前に立った。

英智くんは背が高くて見上げる形になる。

そっと屈んで英智くんは小さく僕の耳元で囁いた。

「僕の名前を使って、渉に媚び売りかい?」

その言葉の意味が理解できた瞬間、ぶんぶんと首を振って否定した。

「ち、ちがっ、」

違う、英智くんの名前を使って日々樹くんにどうこうしようなんて、僕はそんなこと思ってなくて、ただ、ただ、英智くんがかっこよかったって、伝えたくて…っ。

伝わらない思いに胸が苦しかった。

「え、英智く、て、天祥院くんが…っ、かっこよかったから…っ、その話を…」

「天祥院くん?」

「っ…。」

「呼ばないでくれるかな。」

「っ、ぅ…。ご、め…、な、さぃ…」

「みょうじなまえくんが言っているのは本当のことですよ〜。私に伝えてほしい、と。英智がかっこよかったと。」

「……ふぅん。名前まで教えて?」

「っ…」

英智くんからの刺さるような視線が怖くてビクリと体が震えた。
どうか、誤解しないで。僕は媚を売ろうなんて…そんなこと…。

「渉。今話したことは全部忘れてね。みょうじなまえなんて最初からいないから。誰にも話しちゃいけないよ。」

「…これは驚きましたねぇ。」

日々樹くんが驚いた表情で僕を見た。
僕はもう英智くんに弁解する余地もないのか、と帰ろうと思いカバンを握った。

「…僕、帰ります…。し、失礼しました…っ」

みょうじなまえなんていない。存在を否定されたことに英智くんは本当に僕のことを拒絶しているんだと分かって帰ろうとした。

でも、それは許されなかった。英智くんの手が痛いくらいに僕の手首を掴んでいた。

「少し話そうか。案内してあげよう。」

「えっ…、」

日々樹くんを置いて英智くんに手を引かれるがまま校内へ連れていかれる。

黙って歩く英智くんに僕は一般人立入禁止の案内を超えて入ってきてしまっていることにビクビクしていた。

見つかったら怒られるかもしれない。でも英智くんは何も言わず歩いている。

連れてこられたのは生徒会室と書かれている部屋だった。

パタリと扉が閉まって英智くんは初めて僕の方を振り向いた。

「…て、天祥院く、」

「誰がその名前で呼べって言った?」

冷たく、だけど微笑んで言う英智くんに背筋が凍りそうになった。

「…っ、知り合いと…、思われたら、いけないかと…思って…」

「…虫酸が走るからそんな名前で呼ばないでくれるかな。いつもはどう呼んでたんだっけ?」

「え、英智くん…。」

か細く答える僕に英智くんは鼻で笑った。

「そう、それでいい。で?来るなんて聞いてないけど?」

「…っ、敬人くんから教えてもらって…、み、見たかったから…」

「やっぱり敬人か…。で、学院に来てアイドルたちに媚売ろうとしてたわけかい?」

「ち、違うよっ…!ぼ、僕は英智くんを…見たくて…」

「なら、渉に名前を教える必要があったかな?」

「…それは…英智くんの周りの人と…話してみたい…な…って…」

「なまえは僕だけでいいんだよ。言っただろう?僕のおもちゃなんだから。他の誰とも話しちゃだめなんだよ。他の奴らの目に触れちゃだめなんだよ。」

「え、英智くん…」

「わかる?僕はなまえの為を思って言ってるんだよ。例え僕を見たかったという可愛い理由でもね、僕以外に笑うことがあったら壊すからね?…僕の知り合いだって言ったらきっと色んな奴らが寄ってくるからね。悪い虫は寄せ付けないよ…。」

英智くんの手が僕の頬に触れた。

「いいかい。僕のおもちゃは僕のものなんだからね」

僕はその英智くんの言葉の意味を理解できなかった。
ただ、英智くんが何か怒っているのはわかったからごめんなさい、と呟いた。

英智くんはそれを聞いて柔らかく笑った。

みょうじなまえは僕の腕の中だけに存在するんだよ。
と言って優しく抱きしめてくれた。



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