「はいなまえ。これ好きだったろ?」
衣更が少し変だった帰り道の日から、衣更は俺のことを名前で呼ぶようになった。
そして…毎日こうやって俺の好きなものをくれるようになった。
最初は余分に買ったから、とかお腹いっぱいだからあげる、とかそんな理由で俺も好きなものだったから普通に貰っていたけど、毎日は異常だ。
そもそも何で俺の好きなものを知ってるのか分からない。
屈託なく笑って俺にものをくれる衣更がすごく重く感じて今日こそ貰わないと決めた。
あげるのが当たり前だというように渡してくる衣更に俺の罪悪感は大きくなるばかりで重たいから。
「…いらない。」
「…え?」
「毎日もらうの悪いから…いらない。」
「…何言ってんだよ。俺が受け取ってほしいんだよ。」
「…悪いから」
「悪くないって。ほら、これなまえの好きな味だろ?」
「そういうの…他の人にあげれば。俺はいらない…。」
「なまえ…」
衣更の顔を見ることができない。どんな表情をしているのか分からないけど、今は見たくない。
「ごめん、色々くれてありがたいけど…。あんまりもらうのは…。もうやめてほしい」
衣更はお菓子の箱を持った手を静かに下ろした。
机に座って俯いてる俺の視界に下ろされた手とお菓子の箱が写った。
たしかに、それは俺が好んで食べているお菓子だ。
だけど、それをくれとも言ってないし衣更にだって、他のやつにだって俺はこれが好きなんだと公言したこともない。
「…そっか。」
上から衣更の掠れた小さな呟きが聞こえた瞬間、バコッとお菓子の箱が潰れる音とともに俺の視界の中で衣更の手がお菓子の箱を握りつぶしていた。
箱の中身が潰れる音がした。クッキーがバリバリと砕ける音にびっくりして衣更を見上げた。
「い、衣更…」
「いらないなら…捨てる。」
あの時と同じように目がどこか虚ろで飲み込まれてしまいそうだ。
「…っ」
なんで。まるで俺が悪いようじゃないか。なんで俺が罪悪感を感じないといけないんだ。
お菓子に何の罪もないし、俺だって何にも悪いことしてないのに…なんで俺がこんな気持ちにならないといけないんだ。
居たたまれずに、椅子から立ち上がって衣更を置いて教室を出た。
衣更から離れたのに、あの衣更のじっと見てくる視線が拭えなくて気持ち悪かった。
***
衣更は何がしたいんだろう。
学校の帰り道で延々と考えていた。
今までの学校生活が少しずつ変わってきたのは衣更の影響だ。あまり考えたくないのに考えてしまう。
もうやめてくれと言ったから明日からは俺に何かを渡してくることはないだろう。
そう思うと少し気分が軽くなった。早く家帰ってダラダラしたいと薄暗い帰り道を急いだ。
自分の家が見えてきた時、玄関の前に誰か立っているのがわかった。
誰だろうか、親はまだ仕事で帰ってきてないし…と思って近づいた。
「……い、さら…」
何でここにいるんだと思った。
俺の家の玄関にいるのは紛れもなく衣更だった。
「おかえり。遅かったな。寄り道?出る時は一緒だったのに。」
何言ってんだこいつ。いつ誰がお前と一緒に学校を出たんだよ。ていうか何で俺の家に来てるんだ。
「……何か用。」
少し冷たい言い方になったのは仕方ない。頭の中から消し去りたかった人間が目の前にいると嫌でもそうなる。
「これ。」
ガサリと衣更が持っていた紙袋を俺に突きつけてきた。
「なに…?」
衣更から渡されるものはないはずだ。身に覚えがないことに戸惑いながら突き出された紙袋の中身をそろりと見た。
マンガ、ゲーム、お菓子、ジュース、色々なものが入っている。
どれも…
「なまえの好きなもの」
衣更の顔を恐る恐る見上げた。
ニコリと笑っているのに、怖かった。
「な、にこれ…」
「好きだろ?あげる。」
「い、いらねえし!!」
紙袋を衣更に無理やり押し付けた。
「か、帰れよ!」
「…好きだろ?」
「お前、可笑しいぞ?!こんなこと…」
何でこんなことするんだ、こんなの普通じゃないだろ?!
「可笑しいなぁ…なまえの好きなもの、調べたんだけどなぁ…なんでかな…」
ボソボソ言っている衣更が怖くてカバンから急いで家の鍵を取り出した。
少し震える手で鍵穴に鍵を差し込む。早く家の中に入って鍵を閉めよう。
そうすればこいつから逃げられる。
ボソボソ喋っている衣更を無視してドアを開けて、すぐに閉めようとした。
勢いよく閉めた瞬間、ゴリッと嫌な音と感触がドアから俺の手に伝わった。
玄関のドアの隙間に手の平が挟まっていた。
「ひっっ!」
重たい扉に挟まれた手のひらに、飛び上がって手を離した。
ゆっくりとドアが開かれて衣更が手をぷらぷらと振りながら玄関の中に入ってきた。
「なまえ、痛いぞ?」
いつものように困ったような顔で笑いながら俺に手を見せてきた。
「っっ!!て、手…。な、なにして…」
俺が勢いよくドアを閉めたせいでかなり痛いはずなのに、衣更は動じず笑っている。
可笑しいこの状況にさらに俺はパニックになった。
「ば、馬鹿だろ…!何、手入れてんだよ…!」
後ずさる俺に衣更は近づいてきた。離れたくて後ろに下がれども、つまづいて玄関の廊下へ倒れ込んだ。
「だって…こうでもしないと中に入れてくれないだろ?」
「なまえ…。こんなの痛くないんだよ。なまえにいらないって言われるほうが余っ程痛いし辛い。」
衣更は挟んだ手を俺の頬へぴたりと当てた。
挟まれたことによって手のひらが熱を帯びている。その熱が俺の頬へ伝わってきた。
「な…」
「俺のこと拒むのなまえだけなんだよ…。なまえに拒まれるくらいなら死んだ方がマシなくらい。」
「どうしたら俺を見てくれるんだ?どうしたら…好きなものが違ったか?まだ足りない?何でもするよ。なまえのためなら。」
ねえ、だから受け取ってくれよ
薄く笑いながら俺に跨った衣更に怖くて涙が零れた。夢だったら良かったのに。
衣更の手のひらから伝わる熱が熱くて、夢じゃないと突きつけられた。
玄関に転がった俺の好きなもの。挟まれて熱を帯び内出血した手。
罪悪感という名の重りが全身を縛り付けてきた。
そんな俺を見て衣更は嬉しそうに笑った。
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