誰も衣更の異常性に気づいてないんだろうか。

衣更はどこかおかしい。

こうしてお昼に一緒に食べるのも、なんでこうなったかわからない。

1つ言えるのは、怖くて自分の身を守ることを考えたらこうなってしまっただけ。

「なあっ、これすげー美味い!なまえも食べてみる?」

「…いい。」

なんで衣更と2人食べてるんだろう。俺は断ったはずなのに、当たり前のように俺と食べている。

しかも2人で。衣更はどこからか鍵を出して授業でしか使われない部屋に俺を連れてきてはこうして俺と衣更の2人で食べている。

生徒会やっててよかった、なんて笑って言う衣更が嫌だった。

踵を返して自分の教室に戻りたいのに。できなかった。
衣更と関われば関わるほど、衣更の目が怖かった。

なぜかあの目にじっと見られると居心地が悪くて逸らさずにはいられなかった。唯一の抵抗がそれ。

衣更に逆らうと何をするか分からない得体の知れない怖さがあったから。

「やっぱり美味しいって!ほらなまえも1口」

「…いいって!…俺早く戻りたいし…」

俺は全然楽しくないのに、衣更はキラキラした大きな目で俺に笑いかけて自分の食べているパンを差し出してきた。

楽しくないし、早くここから出たいのに。そんな衣更にイラついて目を逸らしてボソリと言ってしまった。

「……なんでそんなこと言うんだよ。」

「…っ」

またあの目だ。嫌だ嫌だ嫌だ。
衣更は無表情で俺を見据えている。

「…ごめん」

俺の口から出たのは謝罪の言葉だった。
ごめんなんて思ってない。けど、そう言わないと…。

「なあ、俺と一緒に食うの嫌なのか?」

「…そ、んなこと…」

「正直に言ってくれよ。嫌なら。」

嫌だって言ったらどうするんだ?笑ってわかった、って明日から俺に関わらないでくれるのか?

俺は黙り込んでしまった。

「なまえの本当の気持ちが知りたいんだ」

衣更が落ち着いた優しい声でそう言った。皆と笑いながら話している時とは違う、落ち着いた声色で。

なぜか俺はそれなら言っていいんだと思った。
今しかない。衣更に本当のことを言うなら今しかないと、俺は懇願する気持ちで答えた。

「……嫌だから、もう俺に関わらないで…」

本音だった。衣更は何だか怖いし、今まで俺が持っていたイメージと違う。お節介で人の世話好きで、器用で何でも卒なくこなす天才的なやつだと思っていた。間違っていはいなかった。だからこそそんな何でもこなす衣更に対して俺はいい思いは持ってなかった。個人的な嫉妬だってことはわかってる。

だからこそ、衣更とも限りなく接しないようにしていたのに衣更が俺に近づいてきたのだ。

それが俺は嫌だった。そして近くから見た衣更は可笑しくて異常で怖かった。だから離れたかった。

嫌だと、もう関わらないでくれと言った瞬間、衣更は優しく微笑んでいた顔を崩して表情を顔から失くした。

「……」

豹変した衣更に俺は焦った。
本当の気持ちを言えと言ったのはお前じゃないか、と心の中で叫んだ。

何も言わない衣更に、俺も何も言えない。

「……ははっ…」

長い沈黙の後、衣更は少し肩を揺らして笑った。顔は笑っている表情をしているのに目は笑っていなかった。俺を見ている。

「……食べようか」

衣更はまたパンを食べ始めた。もう俺に1口食べろとは言ってこない。けれどすごく怖くなった。空気が重くて、俺の箸は動かない。

本当のことを言っただけなのに。それだけなのに。
衣更はどう思ったのか、怒ったのか俺を嫌いになったのか、嫌いになってくれたらそれでいい。離れてくれさえいればいい。

一気に食欲が失せて、弁当箱を閉まうことにした。カチャカチャと片付けていると、衣更がポツリと言った。

「…さっきのは、嘘だよな?」

また…衣更は笑っている。俺の目を見て笑ってそう聞いた。

本当だと言ったら…この歪な関係は終わるだろうか。

息を吸い込んで、小さく、本当だ、と言おうとした。

「…ほ「そうだよな、嘘だよな。」」

俺の言葉の上から被せるように衣更は頷きながら笑った。

「びっくりした。なまえがあんなこと言うなんてさ」

「……。」

本当のことなのに。衣更の言葉を否定するのが怖くて言葉に詰まった。

「だって…あれが本当ならさ、……」

「俺、なまえに何するかわかんないわ」

真っ直ぐに俺を見てきた衣更に足が震えた。

「俺なまえのこと、好きなんだ。恋愛的な意味で。なまえのこと、前から見ててなまえのことになると自分でもよく分からなくなるくらい好きなんだよ。」

「…もう俺さ限界なんだ。なまえが他のやつと話してるだけで壊れそうでさ…。耐えきれないから…言わせてくれ。俺と付き合ってほしい。」

今日ここに来るべきじゃなかった。
もっと早く衣更を拒絶するべきだった。

でももう遅い。何で俺なんだろう。嘘だと笑って冗談にしてほしい。

「……嘘だろ…?」

掠れた声しか出なかった。

「嘘なわけないだろ。俺はさっきのなまえみたいに嘘はつかないよ…」

ハハッと笑った衣更の顔が直視できなかった。今ここで無理だと言えるだろうか。

言ったら…自分の身が危険だと本能的に感じた。

「…なまえ…付き合ってくれるか?」

「………っ、」

泣きたくなった。これが夢だったらいいのに。

だけど俺はゆっくりゆっくりと頷いた。すぐにでも首を横に振りたかった。

でもそれしか選択肢がなかったのだ。だって、衣更のあの目が俺を直視して、合意以外の答えはないと言うように見ていたから。無理だと言うと俺はどうなるか想像できなかった。

「っっ!嬉しい!ありがとな!!」

衣更の笑顔。友達やメンバーと笑いあってる時の笑顔だ。

本当に嬉しそうに笑う衣更とは反対に俺はずっしりと重たい何かに囚われて、足から飲み込まれていきそうな感じだった。

「なまえ、俺心配症だからさ…。隠し事とか…しないでくれよな。」

衣更が腕を広げて俺を包み込んだ。全てが信じたくなくてただただ立ち尽くす俺は抱きしめられても何も反応できなかった。

「何でも俺に話してくれよ?これからは一緒に…過ごしていきたいし」

頬を赤らめて目を合わせる衣更の大きな目。

「あー、本当よかった…!なまえにふられたら俺……、…ううん、結果良かったしなんでもない。ふは、嬉しくてやべ…」

俺の肩に顔を埋める衣更には言おうとしたことが何なのか聞きたくても聞けない。

「一緒に帰ろうな、あと一緒に登校しよう、お昼ももちろん一緒にな…」

独り言のように呟く衣更。

もう逃げる術はない。
俺の何が悪かったんだろうか。


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