部屋の鏡の前で首元にできた傷跡をそっとなぞった。

プツリと盛り上がった皮膚。鬱血して赤くなった傷口は完治していない。鏡を見ながらそろりと人差し指を這わせる。痛くないのに、なぞるだけで疼く気がした。

鏡に映る自分は普通の男子高校生だ。平凡で秀でたところなんて何一つない。

そんな俺の首には吸血鬼に噛まれたように2つの丸い傷口が目立っている。上から絆創膏を貼って不自然じゃないか鏡で確認をした。

朔間さんに作られた傷。
傷について聞かれた時は、猫に引っかかれたと言って受け流している。

誰も知らない小さいけれど深い傷。この傷が癒えるのはいつ頃になるんだろうか。

制服を羽織って部屋の電気を消した。少し動けば汗ばむこの季節は絆創膏も剥がれやすい。絆創膏の予備をポケットに突っ込んで部屋を出た。



****


休み時間にトイレで手を洗いながら、ふと目を上げたら朔間さんがいた。

流れ出る水道水に手を突っ込んだまま固まった。
鏡越しに赤い瞳と目が合う。

気だるそうに俺を見ているのに、その目から逸らせなかった。手が冷たくなったことに気づいてようやく目を逸らして、水道の蛇口をひねって水を止めた。

「……、っ」

何も言われてないのに、声をかけられていないのに朔間さんに見られているだけで癒えかけている傷口が疼く。

ポケットからハンカチを取り出して手を拭こうとしていると、おもむろに朔間さんの手が首に貼ってある絆創膏をピリッと剥いだ。

こちらの痛みなど一切気にかけずに勢いよく剥がされて鋭痛が走った。

「っ、」

「…治りかけてる。」

朔間さんの手が傷口に触れた。

怖い。そう思って体をずらしたのがいけなかった。

「動くな。」

「…っ、や、やめ…」

「何?まだ何もしてないけど?」

まだ、という言葉にまた震えた。

ニタリと笑った朔間さんは触れた指でぐりっと傷を押した。首に鈍いような鋭いような痛みが走る。

「うっ…い、いたい…です」

「……。」

無言で押しつぶされるように触られて抵抗したいのにその後が怖くて何もできない。

「誰にも見せてないよねぇ?」

「はい…」

俺の返事は正しかったのか朔間さんは手を離してくれた。

「…傷跡が残ればいいのに。キズモノになっちゃえばいいんだよなまえなんて」

ケラケラと笑う朔間さんは非情だ。
笑いながら首元に顔を近づける朔間さんに俺の体はこわばった。

まさか、この上から噛むつもりじゃ…。

「…っ、」

朔間さんの吐息が首元で感じるくらいに近づいて次に来る痛みを目を強く瞑って覚悟した。

それなのに痛みは来ない。
そろりと目を開けて朔間さんを見た。

「ふはっ、噛まれるとでも思ったぁ?噛んでほしいの?」

「ち、ちがいます…」

「じゃあ何でそんな物足りなさそうな顔してんの?噛むわけないじゃん。きもちわるい。」

突き放すような言葉に戸惑った。いつもなら噛まれるか、罵倒されるか手を上げられるかなのに突き放すような言葉が深く心を抉った。

朔間さんと仲が良かった頃も、ひどく当たられる今も、朔間さんと接点があるということが辛くても嬉しかった。

でもこうして突き放されると朔間さんとの接点すらなくなってしまう。そう考えると辛くて言葉がでなかった。

「あはは、この世の終わりみたいな顔してる。」


「そうだよねぇ。俺しかいないよねぇ。こうやってなまえを可愛がってあげるのも俺しかいないよね。ねぇ?そうでしょ?」

「……ぁ」

「そうでしょ?」

「…は、い」

「じゃあ俺が何しても文句ないよね」

そう言うと朔間さんは傷口を引っ掻いた。痛みとともに治りかけの傷口が開いて瘡蓋から血がプツリと玉になって出るのがわかった。

「っつ…こんな、また…傷が!」

「癒えさせないよ。絶対に。」

出た血を指で拭いとって、それを目の前に持ってきて朔間さんは赤い目でそれをじっと見た。

「俺の印だから」

絆創膏の予備を持ってきていて良かったと思った。血で濡れた指を見せつける朔間さんは形のいい唇を歪ませた。


「も、なんで…こんなことするのか…わかりません…」

こうして2人の時だけ痛めつけられるたび、俺は朔間さんに翻弄される。これは朔間さんなりの愛情だと思いたいのに、本当は違うんじゃないのか、ただの暇潰しなのか、俺のことは何にも思ってないんじゃないのかと考えると怖くなって仕方がない。

「…わかんなくていいよ。分かったところで俺から逃げられないんだから」

「…俺は…暇潰しなんですか…?」

「そう思うんだ?」

真っ直ぐに見られて、居心地が悪くなり視線をすぐに逸らした。

「そんなわけないじゃん、これは俺なりの愛情…」

ふわりと笑って俺に近づいた。

欲しかった言葉、聞きたかった言葉に目を見開いた。頬に血が集まるのがわかった。今までの我慢や辛さが報われたようで心が救われた気がした。

安堵と嬉しさに涙が出そうになった瞬間、朔間さんは俺の頬に吐息がかかるくらいの至近距離で言った。

「なーんて言うと思った?…なまえのくせに調子乗んな。」

一気にどん底へ突き落とされた。
ちょっとでも期待した自分が馬鹿だった、とかやっぱりそうなのか、とか色々な負の感情が一気にこみ上げてきてついにポタリと涙が落ちた。

ひどい、朔間さんはひどい人だ。

朔間さんは頬を伝った涙をぺろりと舐めて、それから俺の唇を塞いだ。悲しくて泣きたくて肩が震えて嗚咽が出そうになるのに、押さえつけられて息する間もなく舌を入れられる。

突き放したくせに、何でこんなに優しく、ひどく、激しく求められるのだろう。

何でキスなんてするんだ。俺が嫌いなら離れてくれればいいのに。それなのにいつも朔間さんはどんどん近づいて俺の中へ入ってくる。

こうやってまた俺は朔間さんに縛り付けられるのだと泣きながら思った。

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