切甘 浮気凛月×一途男主
好きな人と暮らせる、ってすごく嬉しいことだと思う。
もっと言えば好きな人と付き合えるってすごいことだと思う。
自分が好きで、相手も自分を好きでいてくれるから付き合える。それってすごいことじゃないかと俺は思う。
すごく幸せなことだ、って思う。
俺の場合は違うけど。
「凛月っ、おかえり!」
帰ってきた凛月を玄関まで迎えに行く。
俺は恋人である凛月と2人で暮らしている。
玄関で靴を脱いだ凛月に帰ってきたことが嬉しくて腕を回そうとしたら、凛月の腕がそれを遮った。
「眠いからやめて。」
固まる俺を置いてそのまま部屋の中に入っていく。
凛月に触れようとした時に香った誰か知らない人の甘い香り。凛月の匂いじゃない、甘い香水の匂いが俺の鼻を掠めた。
ああ…、またか…。
心がぎゅっと潰されたように痛くなった。
でも俺はそれを凛月に言わない。聞かない。
だって…、凛月は俺のこと好きじゃないから。
好きだと言って付き合ってくれと言ったのは俺の一方的な思い。
それを凛月が受け入れてくれただけ。
ただ受け入れただけで凛月が俺を好きかというとそうではない。
唇を噛み締めて、それからいつもの表情を作って俺も部屋の中に向かう。
「凛月、今日のご飯頑張ってみた。」
「…もう外で食べてるからいらない。寝る、おやすみ」
温め直そうとキッチンに行って凛月に話すと凛月はそのままいらないと言い、自分の部屋に入っていった。
「……そっか。」
悲しい気持ちになるけど俺はそれを直視しない。
こんなこと、いつものことなんだから、と自分に言い聞かせた。
始めは凛月を責めた。
なんで他の人のところに行くんだ、って。俺が恋人じゃないのか、浮気だって。悲しくて泣いて叫んだ。
そしたら、凛月は じゃあ別れる?と言ったんだ。
俺は口を噤んだ。
わかった、別れるとは俺の口から出なかった。
別れたくなかったから、今でも凛月が好きだから、凛月から別れを告げられるのが怖くて、もうそれから凛月に何か言うことはやめた。
俺のところに帰ってきてくれるだけで良いと思った。帰ってきてくれるならそれで、それだけでいい、と。
でも、そう思う度に俺の心はポキリポキリ、と割れて粉々になっていくようで。辛い、辛い、と誰にも言えず溜め込んでいた想いが満タンになってしまって俺は行動しようと思った。
凛月が会ってきた人に、俺の恋人の凛月にもう会うな、と言おうと思った。
そうでもしないと現実をただただ受け入れるだけの俺の心はもう耐えられそうになかったから。
それから1週間かけて凛月の浮気相手を探し出した。
綺麗でスタイルもいい女性。
その人に声をかけて、凛月のことで話したいと行ったら怪訝な顔をしたあと承諾した。
近くのファミレスに入って単刀直入に俺は言った。
「あの…、先日凛月と会ってたと思うんですけど…。」
「それがなに?」
「凛月は俺の恋人、なので…もう会わないでください…。」
「…はぁ?あんたが恋人?笑わせないでよね。その顔で?」
「っ、俺と凛月は付き合ってるんです。一緒に暮らしてます。」
「あんた何にも知らないのね。凛月は他でも遊んでるし私達も遊びの関係だし、そもそもあんた、恋人って認識されてないんじゃないの?ていうか勝手な妄想?」
俺を見下したように笑うその女性はすごく冷たい目をしていた。
「嘘じゃありません!凛月は…、凛月は…俺と付き合ってます!」
「恋人がいるなら、好きな人がいるなら普通遊ばないから。もし本当に付き合ってるんだとしたらあんた恋人以下だからすぐにでも別れたほうがいいんじゃない?」
くすくすと笑う女性に俺は息が出来なくなりそうだった。
「俺は凛月の…恋人で…」
「もう時間ないし、話すことは何もないから。」
お代よろしく、と言ってヒールを鳴らして店を出ていく女性に俺は何も言えなかった。
遊び歩く凛月とそれを何も言わない俺。それはもう恋人という関係じゃないんじゃないかと言うのは考えたくなくて聞きたくないことだった。
それを言われて俺は目の前がぐるぐるになっていた。
恋人、なのに。恋人、じゃないの…。
あの人たちみたいに俺はキスも体にも触れてもらえない。それはもう…恋人じゃないの…。
涙がこぼれ落ちそうになって急いで会計をして店を出た。
家に帰って、枕を濡らして泣いた。
凛月のいない空間で俺は好きなのに、好きな人と付き合えてるのに、好きな人と暮らしているのに何でこんなに辛いんだろうと涙が止まらなかった。
もうこんなに辛いのは耐えられそうにない。
凛月が帰ってきたのが分かって、自分の部屋を出た。
玄関からやってきた凛月は俺を見た。
瞼は腫れて重くて泣いていたというのがバレているかもしれない。
「…今日、凛月がこの間会ってた女の人と話してきたよ…。」
「…ふうん。」
「凛月さ…俺のこと…好き?」
「…なんで?」
「っ、俺のこと…好きなら、浮気なんてしないって…、その人が言ってた…他にもたくさん遊んでるって…」
「だから何?」
「…っ凛月が遊ぶのは俺が好きじゃないから…?」
自分で言ってて吐きそうになってきた。
辛くて、答えを聞くのが怖くて心臓の動きが早くなる。
「…めんど。」
俺から目を逸らしポツリと呟いた凛月に俺は次なる言葉が怖くてこのまま時が止まってしまえばいいのにと思った。
「じゃあ、別れる?」
当たり前のように出たその言葉に俺はもう涙が堪えきれなかった。
漏れる嗚咽が部屋に響いた。
ああ、それが凛月の答えか。
「っ…、ぅん、別れ…ようか…っ、」
好きで好きで、懇願してまで付き合ってもらって、でも結局それは俺だけで凛月の心なんて俺に見向きもしてなかったんだと分かった。
別れる、と初めて頷いた俺を凛月がどんな表情で見ていたかは知らないけど俺は今までありがとう、とか細く呟いて部屋を出た。
▼ back ▼