凛月side
なまえに話しかけられたのは高校の時だった。
「ねえねえ、朔間くん…俺もここ座っていい…?」
柔らかい芝生の上に寝っ転がる俺に遠慮がちに笑いながら話しかけてきたのが最初だったと思う。
「…他行ってよ。安眠妨害。」
「だめ…?」
ちらりと見ただけでもわかるしょげ具合に俺はため息を吐きたくなった。めんどくさいと正直に思った。
「…好きにすれば。」
「っありがとう…!」
嬉しそうに笑って俺の隣に腰掛けるなまえは何もせずそこに座っていた。
何がしたいんだろうと思っていたけど、本人はそれだけで楽しいみたいだった。よくわかんない奴だなと思ったのが第一印象。
「ねぇ…凛月くんって呼んでいい?」
「…気安く呼ばないで。」
眠たいせいもあって機嫌もよくなかったからつっけんどんな言い方になってしまったかもしれない。
でも別に他人がどう思おうが俺には関係なかった。
だから俺がそう跳ね除けることで早く去ればいいと思ったのに。
なまえはそうしなかった。
「…ごめん。」
へへ、と笑ったあとまた黙ってそこにいるのがなまえだった。
それから何度か会ううちになまえは朔間くんから凛月くんと呼ぶようになってさらに凛月と呼ぶまでに。
俺は名前なんて知らなかったなまえの名を呼ぶまでになった。
気づかなかったわけじゃない。
ああ、こいつ俺のこと好きなんだなって。
俺が目を合わせるだけで嬉しそうに笑い、赤くなった頬と目尻がそれを本人の知らないままに外に表していた。
別にそんなことでなまえを遠ざけようとも思わなかった。何も言わずに隣にそっといるなまえに不快な気持ちを抱くこともなくむしろ居心地がよかったのは確か。
なまえの纏うゆったりとした雰囲気の中で微睡むのは凛月にとって心地いいものだった。
どこにでもいるような平凡な容姿に、平均的な成績、そんななまえが俺に惚れてるんだなと思うと少し嬉しかった。必死で顔を赤くして話すなまえが可愛いと思ったのは自分だけの秘密。
だから俺はわざと冷たくすることもあったし、たまに甘えたらなまえは泣きそうなぐらい嬉しそうな顔をするから面白くて離れられなかった。
俺、愛されてるなぁって満たされる気持ちがあった。
「ねえ、凛月…」
「なに。」
「俺…凛月のことが好き…。」
「ふうん。」
「つ、付き合ってほしい…。」
「どうしよっかな。」
強ばったなまえの表情を見て腹の中で笑った。今からどんな答えが帰ってくるのか構えているんだろう。
そんななまえを見て心の奥底が昂った。
「お、俺…っ、何でもするっ、だから…凛月の隣にいたい…っ」
花まる100点満点を上げたいほどだった。なまえにしては上出来。そんな思いで俺は気分がよかった。
喉から漏れる笑いは隠せない。
「ふうん、そこまでして付き合いたい〜?」
「う、うんっ」
「…じゃあ付き合ってもいいよ。」
「ほ、ほんと?!」
嬉しいとうわ言のように言いながら泣きそうになるなまえの嬉しさが伝わってきた。
俺はと言うと、俺にお熱なこの子をどうやって縛りつけようかなと考えるのに夢中だった。
それからのなまえはとても献身的だった。
俺が不機嫌になったと見せればオロオロして慌てるし、甘えれば顔を真っ赤にするのは変わらなかった。キスだってした。
なまえの唇に俺の唇をくっつけた日、なまえは死んでもいいなんて言って口を抑えていた。
可愛いなあと思った。なまえには俺だけしかいない。俺がなまえの全てなんだ、と。
もっとなまえが俺にどっぷりハマるように、どうしようかと画策した。
初めは俺の何気ない行動だった。ふざけて誰かにもたれるように抱きついたりするとなまえの目が見開かれてそれから泣きそうになるのを見た時、俺はこれだと思った。
それはなまえが俺を好きだという証。俺が他の人間と触れれば触れるほどなまえは悲しむ。それは俺が好きだからこそ、ゆえのものであるということ。
もっともっと雁字搦めになって俺に溺れちゃえばいいのに。
だからもっともっと。
それから世間で言う 浮気 というものを俺はした。
別に浮気とは思ってない。なまえが好きだし、なまえのあの顔を見るため。そのために利用するほかの人間なんて「道具」みたいなもの。
そこに何の感情もない。
ただ傷ついて俺が好きだと頭を抱えるなまえを見れるだけで満たされる。
最初は泣き叫んだなまえも俺が別れる?というと何も言わなくなった。ただひっそりと黙って悲しんで静かに涙を流したあと何か言いたそうな顔で俺をちらりと見るだけ。
それでも俺が好きななまえは別れるとも何とも言わなかった。
だからどこで間違ったのかなんて気づかなかった。
今日もなまえの絶望したような顔が見れるのかなと家に帰ったらなまえが「道具」たちのことについて言ってきた。
泣いて腫れた目元は痛々しかった。
触れてそのこぼれる涙を舐めてあげれば喜ぶかなとふと思った。
だから、わざと冷たくしていつも通りなまえの言うことに対して「じゃあ別れる?」と問うた。
「っ…、ぅん、別れ…ようか…っ、」
何かがガラガラと音を立てて崩れ落ちるような感覚だった。
は?何て言った?
何ばかなこと言ってんの?
なまえが好きなのは俺でしょ?
別れる…??
口から出ることはなかった。
顔を歪ませて泣くなまえは俺が見てきた中でも悲壮感に包まれていた。
なまえが家を出ていったあと、俺は「道具」から着信がかかってきた携帯を壁に投げつけた。
別れる、なんて。俺となまえが別れる、なんて。
そんなこと考えもしてなくて頭の中が真っ黒になった。
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