凛月side

俺は今どんな目をしてるだろう。

視界の先に男に腕を引かれて歩くなまえ。

目を細めてあれがなまえだと認知した瞬間、周りの音が消えたみたいに何も聞こえなくなる。
変わりに視界が真っ赤になったような気がした。

じっと見ていると視線を感じたのかなまえがこちらを見た。

俺だと分かった瞬間、目を見開いて唇が震えたのがわかった。

俺は今どんな目をしてるだろう。

心の中はどろどろで気持ち悪い。

なまえが青ざめて男の手から逃れようとしている。

真緒からなまえが来てると連絡が来たから、返信はせずとも部屋にいられなくて外に出たらこうだ。

真っ黒に塗りつぶされていく思考にきっと自分の目が冷たく無機質に光を写してないことを悟った。

理由のわからない苛立ち。

自分が今までしてきた行動だったそれは、自分の目で見てみるととてつもなく憎たらしいものに見えた。

ぐちゃぐちゃにしたい。全部ぶち壊したい。その繋がれた手を引き裂きたい。

なまえに向けていた目を逸らしすぐに踵を返した。

「…っり、つ…!まっ、待ってっ、凛月…っ!」

後ろから聞こえるなまえの声は聞きたくなかった。耳を塞いでしまいたい。

今にも泣きだしそうな声で俺の名前を呼ぶなまえに俺はどんな顔をしたらいいのかわからない。

聞きたくない。言い訳なんて。

その男と寝るつもりだったの?
切り替え早いね。それで俺が好きだったとか言ってたの?

どろどろと苛立ちが大きくなってくる。

振り絞って逃れたのかなまえが追いかけてくる音が聞こえた。

人混みに紛れて隙間を縫うように進む。

鈍臭いなまえは人にぶつかって謝っている声が聞こえた。

ああ、そういうとこ。
鈍臭いくせに俺に追いつこうと必死になってるとこ。イラつく。この後に及んで何を繕うっていうの?もう俺のことなんて綺麗に忘れて他の男に靡いてたじゃん。

すう、と路地に入り込んで歩いていたら腕を掴まれた。

見下ろすと自分の腕になまえの手がかかっているとわかった。俺より小さくてでも女よりは固く男よりは少しだけ柔らかい手。

「り、つっ、はぁ、っ、さっきのは…、ちがっ…!」

息も絶え絶えに何かを弁解しようとしているなまえ。

「…離して。」

なまえを一切見ずに歩こうとする俺になまえは静止をかけた。

「…っ、待ってっ、!おねがい!」

「……なに。」

「さっき、のっ…」

「…別に俺と関係なくない?」

「っ……!」

そこで初めてなまえの顔を見た。
後ろにいるなまえに目だけちらりと見た。

ビクついてじわりと目に涙が浮かんでいた。
こんな時までこの泣き顔に少し昂った自分がいることを恨んだ。

「…男と手繋いで歩いてたからって、別に俺に関係ないし弁解も何もいらないけど?」

この期に及んでもまだ俺の口からそんな言葉が出てくるし、それを聞いたなまえは顔を苦しそうに歪めてついに涙をこぼした。

馬鹿なんじゃないの。苛つく俺も泣き出すなまえも。

馬鹿だ。

お互いにもう関係ないはずなのに。

「りっ、凛月っ…!ぅっ、ひっ、…ぃっ。」

なまえは嗚咽を漏らすように泣きじゃくり始めた。

言いたいことが上手く言えないのか、涙だけが落ちて顔を、手を、濡らしている。

「ちがう…っ、あんなの…っ、ちがう…っ、」

人目もはばからず泣き出したなまえをなぜか人には見せたくなくて、俺はその濡れた腕を無言で引いた。

「ごめ、っ、ごめっなさっ、…っうぅっ、ちがっ、ごめっ、」

ごめんなさいと言う理由なんて知らないけどうわ言のようにいうなまえを2人で住んでいた部屋まで連れてきて入れ込んだ。

玄関で突っ立ったまま、めそめそとまだ泣いている。

「…荷物とか用意すれば?」

口から出た言葉は本心じゃなかった。
多分、俺がこれを言ったらなまえはもう壊れてしまうほど泣くんじゃないかと思ったけどふいに口に出してしまった。

案の定、なまえは咽び泣きはじめた。

もう切れかけてる赤い糸なら自分の手でちぎってしまったほうがいいんじゃないかと思ったから。

優しくて1人で我慢に耐えるなまえを壊しちゃえば俺は嫌われて突き放されるだろう。それでいいと思う。

男といるなまえを見て俺は初めて今まで自分がなまえを傷つけることをしてきたんだと自覚した。

可哀想ななまえ。俺に傷つけられて。俺のエゴで振り回されて。解放してあげたほうがなまえは楽になるから。

「鍵も置いてって。」

「ぅっ、ひっ、ごめ、っゃ、り、りつ…のことっ、」

ぅぅ…と泣くなまえは立っているのもままならないのか玄関の壁伝いにずるずると座り込んだ。

そんななまえを見下ろす。

「っ…ごめっんなさ、いっ、す、きでごめっ、なさっ…っ!」

途切れ途切れに出てくる言葉に耳を疑った。

「…何言ってんの。」

「す、き…っ、でっ、す…、きでっ、つら…っ、り、つっ、すきっ、」

突然好きと言い出したなまえに目を見開いた。ここまで言ってるのに何でなまえはまだそんなことを…。

なまえに合わせて俺もしゃがんだ。

同じ目線でなまえを見つめる。なまえは泣いていて俺の目を見ていない。

「好きで…っ、ごめ、んっ…。は、はなれ…た、くなっ、い…」

上下する肩と一緒にぽつりぽつりと話す。

「うわ、き…っ、しても…っ、何もっ、言わないからぁっ、おねが、ぃ、と、隣にいさせ、てっす、すきでっ、となり、にいた、いっ…」

なまえが必死に紡ぐ言葉に俺はさっきまでの苛立ちはどこかに消えていた。

「…俺、今までひどいことしてたんだよ。」

「…っ、そ、れでも、すきぃ…」

「なまえが傷ついてるの分かってわざとやってたんだよ。」

「ぅっ、俺が、っ、きら、ぃだからっ?」

「…違う。」

「…っ、キ、スもっ、セッ、セックスもっ、お、俺がい、いやならっ、他の人で、もっ、いいからっ、りっ、凛月の…そばに、いた、い…っ」

「…は?」

「お、俺なんか、と触れ、触れたくないでしょ…っ、」

「今までずっとそう思ってたの…?」

こくこくと顔だけ動かしたなまえに胸のあたりが痛くなった。何を勘違いしてるんだか。

でもそうしたのも俺が原因なんだと自分を憎んだ。

「ねぇ、なまえ。まだ俺のこと好き?」

「っすきっ、すきっ…っ」

さっきから俺のことを何度も好きだというなまえに俺の狭くてわがままな心が満たされていく。そっとなまえの濡れた頬を拭った。

触られてびくりとなまえが震える。

「…そう。……ごめんね。」

俺のごめんという言葉になまえは拒絶の意味でごめんと取ったのかさらに眉尻を下げた。

「ちがう。…今までごめんってこと。浮気してごめん。俺もなまえのこと好きだよ。それは前からずっと変わらない。」

「…っ、ぅそだ…」

「嘘じゃない。ごめんね、浮気したらなまえが傷つくからちゃんと俺のこと好きなんだって思ってそれがいつも嬉しくて同じことを繰り返してた…。なまえが傷つくのに俺だけ満足してた。」

「…っ…」

「ごめん、ほんとはキスしたいよ。触れたいよ。信じてもらえないかもしんないけど、なまえが好き。」

同じ目線でなまえを見る。

なまえは信じられないといったような顔で涙で濡らした顔で俺を見ている。

「さっきなまえが他の男と歩いてるところ見て初めて俺が最低なことしてたってわかった…。ごめんね、こんな俺でもまだ好き…?」

「…っ、すきぃ、すきっ、!」

「ふふ、なまえはこんな俺でも好きなんて重症だねぇ。いいの?俺ひどいよ?」

「…っ、ひどくない…っ。すき…っ、」

「……あーあ…。もう逃げ道ないからね。」

「わ、別れなぃ…っ?まだ、凛月の…っ隣にいていい…っ?」

「うん。まだ、じゃなくてもうずっと一生隣にいて。」

「…っ、り、つっ、」

濡れてぐちゃぐちゃの顔に、唇を近づけた。

そっと唇に触れて、なまえの唇の柔らかさと温かさを感じた。

「ごめんね、好き。これからちゃんと2人で…付き合っていきたい。」

「う、ん…っ、凛月…っ」

ぎゅう、と俺に抱きついたなまえの頭に顔を埋めた。

なまえの好きが心の中を満たしてくれたから今度は俺がなまえを満たしてあげよう。





***


凛月と2人で住む部屋に戻った俺は、毎日がドキドキの日だ。

「凛月っ」

目が覚めて、まず体に巻きついているものに声をかける。

凛月が俺の体を抱き枕にしているから。

その可愛い寝顔を朝一番に見れるのはいいことだけど、俺も仕事かあるから遅れてしまうと困る。

ぐいぐいと抜け出そうと試みるのにぎゅうとさらに閉じ込められてしまった。

「凛月…、仕事行けなくなる…」

「…ふぁ…行かなくて…よくない…?」

よくない!と返しても凛月はまだ夢の中。
どうしようと焦っていると凛月は片目をうっすらと開けて俺を見た。

「キスしたら離してあげるけどぉ…?」

「えっ…!」

朝からそんな発言に俺は顔を赤くする。
凛月はあくびをしながらどうする?と余裕そうだ。

「そ、んな…、」

凛月とキスするのは初めてではないし夜だってもう何度か経験をしているけど未だに照れて自分からするのは恥ずかしい。

でも離してもらえないと仕事行けないし…と観念して触れるだけと恥ずかしいけど目を閉じて凛月の顔に近づく。

ちゅ、という音も聞こえず触れただけのキスに凛月はくすりと笑った。

「あは、足りない。」

ニヤリと笑って先程のキスとは比べとものにならないキスが降ってくる。

その度に凛月の愛が伝わってきて、俺はこんなに幸せなら今日は休んでもいいかな、なんて思った満たされた朝だった。



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