零side


首筋にポツポツと紅を咲かせる我が弟を見た。

軽音部の部室で皆が自由に演奏しているのを眺めている。
そのなまえを見て、幼い頃の記憶がふと蘇ってきた。


なまえが我が家にやってきた時、凛月はとても嬉しそうだった。

大きな大きな屋敷に小さな体一つでやってきたなまえを凛月はおとーとができた、と喜びなまえを抱きしめていた。

凛月に赤ちゃんはコウノトリが運んでくると教えた自分自身も少し罪悪感を感じていたため、その喜びように少しホッと安堵したのを覚えている。

どこから手配したのか知らないけど、母親が連れてきたなまえは小さくて、平凡な普通の大人しい人間の男の子だった。

そしてなまえが来てから数年後のこと。

凛月は初めてできた弟、なまえをかなり可愛がっていた。

何をするにもどこに連れていくにも、なまえ、なまえと構い、挙げ句の果てには同じ寝床の中に引きずり込んでまるでぬいぐるみか何かのように抱きしめて寝ていた。

もちろん自分も2人目の弟に愛着を持って接していたし、凛月と同じようになまえも可愛がっていた。

でも、凛月はそれを良しとしなかった。

我輩がなまえを呼んで話をして、なまえがお兄ちゃんのお話、面白い!と目を輝かせると凛月は怒った。

そして、なまえに自分だけ、凛月だけをお兄ちゃんと呼ぶように強要した。

「りっちゃん、そんなの…零ちゃんだって…お兄ちゃんだよ…?」

「だめ!なまえは俺のことだけお兄ちゃんって呼べばいいの!」

「凛月、じゃあなまえは俺のこと何て呼ぶんだよ。凛月だって俺のことお兄ちゃんって呼んでるだろ?」

「………。じゃあ零兄ちゃんなら…いいよ。」

「…それならいいの…?」

「お兄ちゃんは俺だけ。絶対に俺だけ!」

「わかった、お兄ちゃん…。」

なまえの言葉を聞いて花が咲いたように笑う弟に違和感を感じ始めたのはその時からだった。

弟ができた凛月は最初は嬉しいんだろうと思っていたけどどうも違うらしい。

いや、嬉しいのは確かだろう。ただ、弟という縛りを超えてもっと大きな感情を持っているのでは…と考え始めていた頃だった。



「零にいちゃ、ん…」

「どうした?眠れないのか?」

「…お兄ちゃんがね…いたいの…」

「痛い…?」

「いたいの…」

真夜中の真っ暗な中、ぺたぺたとパジャマ姿で自室に入ってきたなまえをベッドに抱き上げた。

小さくて軽い体はすぐに柔らかなシーツの上にぽふりと座った。

「どこが痛い?」

「ここ……」

目をゴシゴシと擦りながら、自分の首筋を指すなまえに、一瞬体が固まった。

「……凛月…」

なまえの首筋には甘噛したような痕。吸血行為を覚え始める年頃特有のものだった。

これを見て確信した。

凛月はなまえを食べようとしている、と。それも愛しく愛しく大好きなだからこそ、啜って自分だけのものにしようとしているのでは…と。

「……なまえ、痛くないよう零兄ちゃんが一緒に寝てあげよう。ほら、中にお入り。」

優しく、優しく言ってシーツの中に入り込んだなまえを抱きしめた。

すぐにすぅすぅと寝息を立ててお腹が上下するなまえの体は温かかった。

翌日、予想通り凛月は怒っていた。なまえが勝手にベッドから出てお兄ちゃんと寝てたから、と。

お兄ちゃん大嫌いと凛月に言われた時はショックだった。なまえも好きだけど、凛月も紛れもない弟なわけで愛しい可愛い弟に大嫌いと言われるのは胸が痛かった。

だから、凛月だけ呼んでなまえの首にある痕について問い詰めようと思っていたけどそれはやめた。

我輩は見て見ぬふりをすることにしたのだ。これもまた愛しくて可愛い我が弟のために。


「――ちゃん、零兄ちゃんっ、」

昔の記憶から、ふと我に返った。

いつの間にやら、うたた寝していたみたいで部室はなまえと我輩のみになっていた。


「おお、どうしたんじゃ?」

「…お兄ちゃんがね…、俺の血が不味いって言ってくるんだ。転校生の血は少しだけ舐めたことあるけど、あれは美味しかった、って…。だから俺はじゃあ、飲まないでよって言ったのにうるさいって怒られた…」

どうやら我が弟たちは不毛な言い合いをしているらしい。

「ほう…なまえの血が不味い、と?」

「うん…零兄ちゃんからも、もう俺の血を飲むのはやめて、って言ってよ…。痛いのいやだ…」

「そうじゃのう。一つ訂正しておこうかのう。なまえの血は甘くて美味しい果実の汁みたいに喉を潤していくほど美味しいぞい?」

「……零兄ちゃんは飲んだことないでしょ?飲めない…でしょ?」

「くっくっく、さあて?なまえの気付かぬうちに飲んでおるかもしれんのう。」

「えっ、本当?」

「ああ、今もその晒された首を見る度に牙を立てたくなるのう…」

「えっ…」

驚くなまえの手を引いて、優しく抱きしめた。

首筋に顔を寄せ口を開いたところで大きな音を立てて扉が開いた。

「クソ兄者。何してんの?」

「おやおや、可愛い可愛い我が弟達が揃ったのう♪どうじゃ、今宵は仲良く「兄者なんか炙り殺してやる!」おお…気性が荒いぞえ?」

我輩の手の中にいるなまえを強引に奪っていく。

「凛月、2人で半分こはどうじゃ?」

最善の提案をしてみたが逆効果だったらしい。凛月は我輩と同じ赤い瞳を細めて我輩を鋭い視線で見た。

「ふざけないでよね。俺の、だから。」

「不味いと言ったのはどこのどいつかのう?」

「……そんなこと言ってないもん」

少し目を泳がせてから拗ねたように言う凛月に兄としては微笑ましくなった。

「なまえ、いつでもおいで?お兄ちゃんのところに。」

「っ!なまえ!行くよ!」

凛月に無理やり引っ張られながら去っていくなまえに手を降った。

なまえはさっきの話はどうなったの?凛月にもう血を吸うなと言ってくれるんじゃなかったの?という顔をしていた。

それに気付かぬふりをして、凛月となまえをそのまま見送る。


すまんのう…。どちらかだけを助けることは出来んのじゃ。

だってお兄ちゃん、2人ともが可愛くて愛おしくて仕方ないから。


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