なまえside 「昔の記憶2」

「おにいちゃん…もうくらいよ…こわいよぉ…」

空はごろごろと鳴っていて今から雨でも降り出しそうな空気だった。

「くらくてもへーきだよ。おにーちゃんがいるから。」

「…こわいよぉ、こわいよぉ…おうちにかえりたいよぉっ」

「もう!うるさい!ちょっとはがまんしてよ!」

「うぅっ…ぅぅ…ひぇっ…」

お兄ちゃんに怒られて俺は泣き出していた。

それも全部お兄ちゃんのせい。
森の中であそぼって連れ出されて付き合っていたらもう周りはすっかり暗くて静かになっていた。

どっちに行けば家にたどり着けるのか2人ともわからなくなって、手をつないでとにかく歩いていた。

お兄ちゃんの手を離したくなくてずっとぎゅっと握っていた。お兄ちゃんも俺の手をぎゅっと握ってくれた。

「だいじょーぶ。よるのほうがよく見えるよ…?きょうはつきがあかるいでしょー?」

俺を安心させるかのようにお兄ちゃんは空を指さした。

全然明るくなんかない。真っ暗で空にあるのは三日月だけ。あんな細い月じゃ真っ暗だ。

それなのにお兄ちゃんはよく見えると言っていた。俺はその時はお兄ちゃんは安心させようと嘘ついてると思っていた。でもお兄ちゃんの目はいつもより赤くて月の光を受けてきらりと光っていた。多分…本当によく見えていたんだろう…。俺の目とは違うあの赤い目なら細い月の下でも昼間並に見えていたのかもしれない。

それでも俺にとっては真っ暗な世界なわけで泣きわめいた。

帰りたい帰りたいと喚いて、いてもたってもいられず零兄ちゃぁん!と叫ぶとお兄ちゃんにものすごく睨まれた。

だから俺は泣きじゃくりながら黙って嗚咽を漏らすだけだった。

「…おにいちゃんがなんとかするから…。」

急ぐお兄ちゃんに引っ張られた時に足元の木の根っこに引っかかった。

「いたぁっ!」

見事に転んだ俺はもう最大限に泣き始めた。

「……ぅ、ぅうっ、ふぇっ、ぇっ、ぁあああっ!いたいよぉっ、いたっ、うぇぇぇん!」

じんじんする足が痛くて動けない。
座り込んでもう嫌だと俺の鳴き声が森に響き渡った。

「なまえ、だいじょーぶ?!…っ、」

膝から出る血を見てお兄ちゃんは固まった。

「おにいぢゃぁあ!いたいよぉぉっ!」

「………」

俺の隣に座り込んでそっと足を掴んだ。

お兄ちゃんの目は赤くて少し目の真ん中が大きくなっていた。赤い目に脚から出る赤い血が写っていてる。

「…っ、なまえ…」

お兄ちゃんの喉がごくりとなったのが聞こえた。

口を開いて何か言っているのは見えたけど何て言っているかなんてわからない。


お兄ちゃんが何をするのか、この痛みを止めてくれるのかと思って泣きながら見ているとお兄ちゃんは屈んで俺の足に顔を近づけた。

何をされるのか分からなくてぴくりと足を動かした。

目を伏せたお兄ちゃんの真っ赤な小さな舌が血の流れる足に近づいた。

もう少しで、赤い血にお兄ちゃんの舌がつく、というところで眩しい光が2人に当てられた。

「凛月っ?!なまえっ?!」

お母さんとお父さんだった。

俺はやっと家に帰れるとほっ、としてもっと泣いた。

その時、お兄ちゃんの方を見るとすごく嫌そうな顔をしていた。やっと帰れるのになんでそんなに顔を歪めてるんだろう…と思う。

「あらあらあら!どうしたの!なまえちゃん怪我してるじゃない!」

「ほら、りっちゃん、なまえちゃん帰りましょう」

お母さんとお父さんに抱きかかえられて、痛みも幾分か和らいだ。


家に帰って、怪我したところを綺麗にして包帯を巻いてもらった。

お兄ちゃんと俺は特に怒られることもなく、零兄ちゃんと一緒に3人でお風呂に入った。

今日だけは誰かと一緒に寝たくて零兄ちゃんの部屋に行こうかと思っていたら、お兄ちゃんが来て俺の手を引いた。

2人でベッドの中に入って向かい合って横たわる。

「おにいちゃん…。」

「なあに?」

「……なんでもない。」

「……なまえ、あしみせて。」

「え…?」

ガバッ、とシーツを剥ぎ取ってお兄ちゃんは俺の足を寄せた。

パジャマを上に上げて包帯で巻かれたところを出した。

無言でそれを見ていたお兄ちゃんはそっと俺の足を掴んだ。

それから少し強く握った。

「っっいたい!!」

なんでそんなことするの?と涙目になりながらお兄ちゃんを見ると、お兄ちゃんは笑っていた。

「…ふふふっ、いたい?ちがでてるよぉ」

「っな、に…」

お兄ちゃんが怖いと感じた。まるで俺がお兄ちゃんの言うことに従った時の嬉しそうな顔みたいに恍惚とした笑みだった。




それから程なくしてお兄ちゃんは俺の血を飲むようになった。今思えばあれが引き金になっていたのかもしれない…。

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