凛月side
なまえがまだうちに来て間もない頃。
初めてできた弟に俺は毎日なまえの傍にくっついていた。
おやつの時間に出てきたケーキを2人でテーブルに座って食べていた頃のあの記憶。
確かあれは…そう、チョコケーキだった。
俺はチョコケーキ、なまえはイチゴのショートケーキ。
「なまえ〜おいしいね〜」
なまえを見れば俺より小さな手のひらでフォークをぎゅっと握って食べていた。
生クリームが鼻についていて、俺はころころと笑った。
「なまえ!はなにくりーむがついてる!おにいちゃんがとってあげる♪」
きょとんとしているなまえの鼻についた生クリームを綺麗にとってあげる。ああ、俺ってお兄ちゃんだ!
お兄ちゃんみたいだ!
なまえの面倒を見てあげている自分は本当にお兄ちゃんになったんだと嬉しくて嬉しくて堪らなかった。
もっとお兄ちゃんしてあげよう、もっと!
「なまえ〜おにいちゃんのちょこけーきたべたい?」
なまえにケーキを見せて聞くと、なまえはケーキをじっと見たあと黙ったままこくんと頷いた。
今までの俺なら自分のチョコケーキと、それからお兄ちゃんのロールケーキもワガママ言ってもらっていた。でも俺はお兄ちゃんだもんね。
食べたそうななまえの口にチョコケーキを一欠片すくって持っていった。
「はい、あーーん」
「あー…ん」
なまえの小さな口がぽくりと開いてそこにチョコケーキを差し込んだ。もぐもぐと食べるなまえに俺はワクワクして話しかけた。
「なまえ、おいしい?」
「うん…、おにいちゃん、あいがとぉ…」
もぐもぐしながら呂律の足りないありがとうという言葉に俺は嬉しくて笑った。
ありがとう!お兄ちゃんありがとうだって!
お兄ちゃん!
俺は込み上げた嬉しさが我慢できなくてくすくす笑う。
「……?」
不思議そうに俺を見つめるなまえに俺はなまえの目線に合わせて言った。
「なまえがすきなもの、おにいちゃんがあげるからね〜。りっちゃんはなまえのおにいちゃんだから!」
胸を張って言う俺になまえはぱちぱちと目を瞬きしたあと小さな口を開いた。
「……、おにいちゃんありがとう…」
お兄ちゃんありがとう、その言葉があれば俺は何でもなまえのためにしてあげようと思った。
***
そんな昔の記憶を思い出した昼下がり。
図書室で机の上に伏せて睡眠を取る俺と、その隣で静かに本を読むなまえ。
目が覚めて隣をみるとあの記憶とは随分と変わって成長したなまえが横にいる。
俺が起きたことに対してちらりとも見ず本に視線を送っているなまえ。
昔はあんなにお兄ちゃんありがとうって言ってたくせに……。
何だか少しムカついてなまえが持っているその本をひったくってみた。
「…っあ、」
そうすれば初めてなまえが俺の目を見た。
「邪魔しないでよ…」
「何その上から目線。俺がお兄ちゃんだって分かってんの?」
「ここ図書室なんだから寝るところじゃないし…読書するところだし…」
「はぁ?なまえのくせに生意気だよね〜。俺がどこで寝ようと勝手でしょ。目障りだからどっか行ってよ。」
「凛月が勝手に俺のところに来たのに…」
自分でもかなり理不尽な言葉だと思うけどなまえを前にするとなぜかこんな言葉ばっかり出てしまう。
なまえは顔をしかめて渋々立ち上がった。
本は俺の手元にあるまま。カバンを持って出ていくなまえ。
なにあれ。本気にしてどっか行っちゃってさぁ。
なにあれ。ほんとムカつく。
手にある本をパラバラとめくる。本の匂いがしてなまえが隣にいる感覚になった。
思えば、最近のなまえは反抗的で力づくで言うこと聞かせないと全然動かないし。
昔みたいに可愛くお兄ちゃんありがとうって素直になったところなんか見たことない。…昔みたいにお兄ちゃんありがとうって言わせてやろう。
俺はなまえにその言葉を言わせるべく、気だるい体を起こして図書室を後にした。
***
夜になれば家に帰るのは苦にならない。
体は軽く感じるし何よりも行動しやすい。
学院から家に帰る途中、何をしたらなまえはお兄ちゃんありがとうと言うか考えていた。
日常生活を振り返ってみると、なまえには日傘を持たせたり、パンを買って来させたりで俺からなまえにやってあげてることってあんまりなかった。
……まぁ、お兄ちゃんだし。弟が、なまえがするのはそれくらい当たり前だし…。
なんて心の中で言い訳していると家に着いた。
この時間だとなまえは部屋にいるか、お風呂に入ってるか。家の中に入ってなまえの部屋を開けるとなまえは机に向かってノートを開いていた。
後ろから近寄って、机の上に昼間取り上げた本を置いた。
その本をちらりと見て俺を見上げてきたなまえに俺はありがとうの言葉を今かと待った。
それなのに10秒立ってもなまえは何も言わない。俺は眉間に皺を寄せた。そんな俺を見てなまえは怪訝な顔をしている。
「……なに?」
「本、持ってきてあげたんだから言うことあるでしょ。」
「…お兄ちゃんが勝手に奪った本じゃん…。返してもらって言うことなんてないよ…」
俺はなまえの言葉にぐっと、息を飲んだ。
「あっそ。」
ふん、となまえの部屋から出て俺は考えた。失敗した。もっと他のことにしよう。
しばらくするとなまえはお風呂に入るのかタオル類を持って1階に行った。
お風呂…お風呂…。そうだ…いい考えを思いついた。
俺も一階に降りてなまえがバスルームに入ったのを確認する。
タオルとトランクス、それからパジャマが置いてあるところからパジャマだけ引っこ抜いた。
これで、なまえはパジャマがなくて困るだろう。俺はそれから先を想像してニヤリと笑った。
しばらく待っているとなまえがバスルームから出る音がして、俺は手にしているものを後ろに隠しながら待った。
「あれ…パジャマがない…」
なまえの独り言にくすくすと笑いそうになった。必死で堪えながらドアを開ける。
「っ、お兄ちゃん、いきなり何…」
「ほら、これ使えば?」
俺が差し出したのはなまえが来ているのとサイズは変わらない俺のパジャマ。
「…それお兄ちゃんのパジャマ…」
「パジャマ、ないんでしょ?これ使えば〜?」
「俺のパジャマは…?」
「俺が知るわけないじゃん。はい、これ、お兄ちゃんが貸してあげる。」
トランクス1枚のなまえにパジャマを押し付けるように渡した。なまえの晒された上半身には俺がつけた噛み跡が見えた。
「何か言うことは?」
「…俺のパジャマは…?」
「違うよね〜人から助けてもらったら言うことあるよねぇ?お礼でしょお礼、お兄ちゃんありがとうは??」
「俺のパジャ「ありがとう、は?」」
怪訝な表情のなまえは首を傾げた。
「……ええ…?…お兄ちゃん…ありがとう…?」
なまえは納得いっていないような顔だったけど、ちゃあんとありがとうという言葉を聞けて俺はにんまりと笑った。
「ふふふ♪どういたしましてぇ」
ああ、やっぱりお兄ちゃんありがとうって言われるのはいい気分だ。
仕方なく俺のパジャマを着たなまえをちらりと見て思わずくすくすと笑いそうになる。今度はもっとお兄ちゃんをしてやろう。
それでお兄ちゃんありがとうっていっぱいいっぱい言わせて俺なしじゃ生活できないって分からせてやるんだ。
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