目が覚めて、1日が始まった。

ベッドから降りておぼつかない足取りになりつつ、部屋を出た。

リビングでは瀬名がコーヒーを飲んでいた。

「…おはよ。」

「おはよぉ。ほんと朝が弱いよねぇ」

仕方がない。ベッドが気持ちよすぎて、何度でも寝たくなってしまう。

ベッドが気持ち良すぎるのが悪いんだと言いたい。

朝食の準備をするためにキッチンに行く。

今日はどうしようかな。和食にするか、洋食にするか…迷っていると瀬名が近くにきていた。

「ふふ、髪ぼさぼさ。」

寝癖で跳ねた髪を片手でさらにぼさぼさにしてくる瀬名に少しムッとして顔を逸らすと、瀬名に両頬を手のひらで挟まれた。

「…なに。」

「んー、触りたくなったから。」

なにそれ。

触れた頬が一気に熱くなった。

「…顔洗ってくる。」

瀬名の手から逃げて顔を洗いに行く。

冷たい水で頬を熱を冷ましてすっきりして戻ると瀬名がもう朝食の準備を始めていた。

瀬名の隣に立って、手元をのぞき込む。

「なにつくるの。」

「オムレツ。なまえはパン焼いてくれる?」

「わかった。」

瀬名に言われたとおり、パンを取り出してトースターにセットした。

キッチンで2人で過ごす朝の時間。

この穏やかな時間が気に入っている。今日で最後だということも忘れそうなくらい、ゆっくりとした時間だ。

瀬名が作ったふわふわのオムレツとパンが食卓に並んで二人で向かい合って、手を合わせた。

「「いただきます」」

誰かと手を合わせて食べるのはこれで最後かもしれない。

瀬名との朝ごはんを噛み締めるように口に運び、飲み込んだ。

いつも通り食べ終わって、いつも通り片付けて、いつも通り瀬名の見送りにたった。

玄関で靴を履く瀬名を見た。

あと少し、あと少しで瀬名とさよならだ。

「なまえ…?」

名前を呼ばれてハッとした。少しぼうっとしていたようだ。

「いってらっしゃい。」

「ん、また夕方ね」

今日も瀬名はばっちりだ。
髪も綺麗にまとまっていて、服もシンプルなのに瀬名をより一層おしゃれにしている。

今からアイドルになる瀬名。キラキラして瀬名が輝くステージに今から行こうとしている。

玄関のドアを開けて出ていく瀬名の背中を見て急に寂しくなった。


瀬名、セッちゃん、…いや

「…泉。」

ボソリと出た瀬名の名前は聞こえていたかわからない。

「いってらっしゃい。」

俯きながら言った言葉に瀬名の動きが止まった。
出ていかない瀬名を気にして見上げると、瀬名が驚いた表情で固まっていた。

開けたドアから手を離して、瀬名が中に戻ってきた。

「…なまえ?」

俺の前に立ち、瀬名が覗き込んできた。

「…なに。」

「もう1回呼んで。」

「……いずみ。」

両手で頬を包まれて瀬名がふっと笑った。

「ありがと、いってきます」

瀬名の柔らかい笑顔に目が逸らせなくて、マジマジと見る。くすりと笑った瀬名が手を降って、今度こそ外に出ていった。


「……ばいばい。」

瀬名の微笑みが頭から離れなくてしばらく突っ立ったままだった。

余韻が残る頬をそのままに、部屋に戻って荷物を詰める。

荷物といっても、そんなにない。持っていくのは財布だけ。

俺の物はここに来た時に汚すぎて全部捨てられてしまった。

俺には財布と瀬名に貰った服と瀬名に貰った靴しかない。あと、瀬名が買ってくれたストラップ。

財布だけを持って自分の部屋から出る。

リビングに置いてあるメモ用紙にボールペンで一言書いた。

メモ用紙の横に、瀬名から与えてもらったスマホを置く。

あとは、出ていくだけ。

それなのに、足が動かなかった。

もう戻ってこれない。

じわりと浮かんでくる涙を零さないように上を見上げた。

上を向いたのに涙が目尻からどんどん零れていく。おかしい。上を向いてるはずなのに。

上を向いても意味がなかったからもう袖で拭った。

しばらく突っ立ったままでいたけど、ようやく決心して玄関に向かった。

瀬名からもらった靴を履いて、ドアに手をかける。

瀬名と過ごしたこの部屋にさよならを言ってドアを閉めた。

鍵がポストの中へ落ちる音がまた俺の心臓を強く締めつけて痛かった。


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