瀬名と過ごしていた部屋を出て、まず向かったのは駅だった。
向かう先は瀬名と行った海。
2人でランチを食べたお店で働きたいと思った。
空白の多い履歴書を持って電車に乗った。
街中を離れて目的の地へ向かうにつれて、車内の人は少なくなってくる。
座席に座って移りゆく景色を眺めた。
足元がぽっかりと大きな穴が空いたように今にも奈落の底に落ちてしまいそうな感覚がする。
本当にこれでよかったのか。いや、これでよかったんだ。
窓の外を眺めながら自問自答を繰り返していた。
今すぐにでも引き返して、瀬名の家に戻って、瀬名の帰りを待ちたい自分と瀬名とはもう会わないと決めた自分。
苦しくて心が重かった。
それでもここまで来たからにはもう後戻りはできない。停車した電車から降りて、駅から出た。
あの日以来の海は、今日も穏やかだった。
瀬名と一緒に行ったカフェを目指して歩く。
お昼の忙しい時間帯を過ぎたお店はゆったりした雰囲気だった。
少し緊張しながらお店のドアを開けて中へ入る。
いらっしゃいませと声をかけてきた店員に、窓に貼ってあるアルバイト募集について話すと俺をちらりと見て、それからスタッフルームへと入っていった。
中から背の高い男性が出てきた。オーナーだと自己紹介された。
面接をしてくれるということで個室へ通され、お店の中と同じようにおしゃれな空間の個室でいつくか質問をされた。
調理の仕事の経験はあるか、ホールやレジの経験はあるか、過去にした仕事はなにか、答えられるところは答えた。
調理の仕事もしたことはないし、ホールとかもない。レジはスーパーならやったことがある。
過去の経歴を話した。
高校を卒業して就職して辞めてアルバイトをしたこと。スーパー、製造工場、広告配達、ビラ配り、清掃…伝えていくうちにオーナーの顔が固くなっていくのがわかった。
何か気になるところがあったんだろうか。働きたいという意思をみせるために、ここのパンケーキが美味しくてここで働きたいと思ったと話した。
みょうじくん、と呼ばれて喋りかけていた俺は黙った。
君は素直だね、次の面接でもし今までどんな仕事をしたかと聞かれても…体調を崩して仕事を辞めざるを得なかった今就職活動中だ、と言ったほうがいいと思うよ。
ごめんね、こういうのは印象が大事だからね。
うちのお店はあまり大きくはないけど、あの瀬名泉が来たりするくらいなんだ。お客様にもハキハキと笑顔で喋れる人を求めているんだ。ごめんね、次の場所で採用されることを願っているよ。
俺は「…はい。」としか言えなかった。
瀬名泉。その単語にじわりと胸が傷んだ。
この場所に自分が相応しくないということはわかった。
返してもらった履歴書を持って、ありがとうございましたと頭を下げ、店を出た。
だめだった。
過去の仕事を話しているところからもうだめなんだろうと思っていた。俺があの綺麗に身だしなみを整えていたオーナーだったら…確かにこんな無表情でボソボソしゃべるような奴は採用しないのかもしれない。
履歴書を握りつぶしたくなった。
こんなもの、いらないって破きたかった。
それでも、ポケットから出ている財布につけたストラップが太陽に反射されてきらりと光ったのが目に入って思いとどまった。
前を向く、と決めたんだ。
ニコニコと笑う店員さん、小綺麗なオーナー、オシャレな空間、憧れていたお店をあとにした。
電車に乗り込み、また揺られる。
このまま俺を乗せたまま、どこまでも続いて行ってくれたらいいのに。
そう思っても電車は時刻通りに止まり、進む。
スマホのない俺は果たしてこの電車がどこへ行き、何時に止まるのかも知らなかった。
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