瀬名side
リビングの机で片手で頭を支えながら項垂れていた。
前髪をクシャリと握りしめて、なまえがどこに行ってしまったのか考えた。
探さなければ。
それしか考えが思いつかない。
今までの言動でどこか行きそうなところがなかったか思い返すように記憶を辿っていた。
そういえば…、今日はスタジオで凛月がなまえと会ったのは2回だと言っていた。
もしかしたら、何かその時話しているのでは?
かなり可能性は低いけれど賭けてみるしかなかった。
何かしたい、どこか行きたいなんて言っていたらそれを知りたい。
わずかな可能性を期待して、電話帳から凛月の電話番号を押した。
数コールしたのちに、すぐに凛月は出た。
「おい〜っす♪」
「………………」
第一声を発声しようとするのに、声が出ない。凛月になまえのことを聞きたいのに。
なまえがいなくなった、と言うのが未だに認めたくなくて言葉にできなかった。言おうとするのに、喉が動かない。
「…セッちゃん?」
「………」
「…誰?切るよ?」
「…………待って、俺…」
切られないようにかろうじてボソリと口から出たのはか弱い声だった。
「セッちゃん?どしたの。」
「……、っ」
言いたいのに、口にしにくくて、現実を口に出すのがこんなにも辛いなんて理解できなかった。
「…なまえがいなくなった…」
頭が真っ白になりそうになりながらも伝えると、凛月が電話の向こうで息を呑むのがわかった。
「…え、」
「…2回会ったって言ってたから…何か知ってない…?」
「………」
凛月から応答がない。聞いているのか不安になり呼びかけた。
「…くまくん?」
「…セッちゃん、ごめん…」
「何で謝んの…」
凛月はバツが悪そうに瀬名に謝った。瀬名はその意味がわからなかった。
「…ごめん、セッちゃん怒るかも知れないけど…。2回目は、セッちゃんが1週間くらい仕事で出てる時で…仕事でもらったケーキが食べきれないからってセッちゃんちに持って行ったの。」
「は…?」
全く知らなかった。そんなことなまえは何にも言ってなかった。
「知らなかったでしょ…?俺を中に入れられないっていうから俺が内緒にすればいいって言ったの。ごめん。」
内緒ごとなんてしなくていいのに。怒らないから言ってくれればよかったのに。
「で、ご飯食べて…、俺がセッちゃんちに入れたのも…セッちゃんの過去の写真とか見せてあげるって言ったからで…。なまえにセッちゃんの高校の時の写真とか色々…見せてあげてたら、いきなり帰ってって強く言い出して…追い出されたわけ。それで…俺も言い返して、ここはセッちゃんちであってなまえの家なんかじゃないって、そんなこと言う権利ない、って…言っちゃって…。」
「……………」
「ごめん…。謝らないといけないのはなまえになんだけど…。あの後俺も酷いこと言っちゃったって思って謝らないといけないって思ってたんだけどこのままズルズル来ちゃって…」
「……写真って何の写真…」
「高校の時の…皆で撮った写真とか色々。イベントとかじゃない教室とか休み時間とかいろんなところで撮った写真…」
「……っ!」
胸が張り裂けそうだった。
なまえの考えが手に取るようにわかって、それと同時に何も気が付かなかった自分が憎くて仕方なかった。
高校の時に親が死んで独りになったなまえがそんな写真を見て楽しいと思うだろうか。
瀬名や凛月の写真はふざけたり、遊んだり、高校の時の楽しい思い出もたくさんある。
それを一人ぼっちになったなまえが見て、自分と比較しないわけがない。多分、独りの自分と瀬名と比較して自己嫌悪に陥ってしまったんだろう。
そんなこと、なまえと一緒にいれば分かることだった。いつも瀬名を気にして、自分を卑下して我慢する。我慢しなくていいんだと言うまで我慢するのがなまえだった。不器用で、傷つきやすくて、寂しがり屋で…。
だから、壊れないようにそっと包み込んであげることでなまえの寂しさを癒していきたかった。
それなのに、瀬名の写真を見たなまえはまた潰れそうなほど自分を卑下したんだろう。
「…何でそんな写真見せたの…?!」
少し声が尖ってしまった。やりようのない気持ちが抑えられなかった。
もちろん凛月はなまえの過去なんて知らないだろう。だから平気で見せられるかもしれないけど、なまえに見せつけられたそれはなまえにとって苦でしかなかったのかもしれない。
「…なまえが見たいって言ったんだよ。セッちゃんの過去の写真が見たいって…」
「…っ!」
まさか、なまえが自ら見たいと…?
歩み寄ろうとしてくれていたなまえに今すぐにでも抱きしめたい気持ちになった。
それも今は不可能なこと。いくら求めても、もうここにはいない。
「俺が…あんなこと言わなかったら…本当にごめん…。」
なまえに言った、ここはあんたの家じゃない、という言葉。
きっと、凛月に言われた言葉に、ここは自分の家じゃなく他人の家なんだから出ていかないといけないと考えてしまったのかもしれない。
そんなこと思わないでいい。家族なんだから、出ていかなくなんていい。ここで暮らして、ご飯を食べて、お風呂に入って、ベッドで寝て、また朝を迎えて、一緒にご飯を作って食べる。その繰り返しを2人でしていけばいいのに。2人で暮らしていきたいのに。
伝えたくても伝えられないこの思いが瀬名の胸をさらに締め付けた。
「…本当にごめん…セッちゃん。」
「…謝るくらいならなまえ見つけてよ…」
「………。」
「…なまえ、独りだから帰る家もないの…」
「え、…」
「…今日寝るところさえ、ないかもしれないのに…。何にも気付かなかった…呑気になまえと
暮らして、ずっとこのまま続くかと思ってたのに…っ!」
なまえの行動に気づかない自分は馬鹿だ。今考えると、瀬名と2人で出かけたいと言ったのも、全部出ていくためだったからだろう。なまえから言ってくるなんておかしいとは少し思っていた。
ストラップを買ってあげた時も、「辛い時はこれを見て頑張れる」と言っていたことも。その時は瀬名にすぐに言ってくれればいいと話したけど、それも全部また独りになることをさしていたんだろう。
そして、今朝の出来事。
出ていく時、いずみと名前で呼んでくれたこと。
何で気づかなかったのか、小さな違和感に気付かずにいた自分を殴りたい。
あの日の朝、どぶに捨てられた猫のように丸まっていたなまえを思い出して視界が歪んだ。
← →
back