毎日働いても財布の中は潤わない。

食べるお金、泊まるお金、生活にかかる出費でどんどん出ていく。

ネカフェじゃ落ち着けなくて、毎日こんな生活をしている自分が嫌になって静かになれる場所に行こうと夜の街を歩いた。

目的もなくふらふらと歩く。

片手をポケットに入れて、財布のストラップを触る。これが癖になっていて、触ることで現実を忘れられた。

俺の宝物。

ストラップを触ってふっと気が緩んだ瞬間、肩に衝撃が走った。人とぶつかってしまった。

「…すみません。」

相手の顔も見ず、へこりと頭を下げて歩こうとしたけれども肩を掴まれてそれはできなかった。

「おい、どこ見て歩いてんだ、あぁ?」

「…っ」

最悪だ。大きい男が3人、絡まれたくない人相に怖くなった。何も言えなくて黙って下を向いていると、ぐいっと引っ張られて路地裏に連れてこられた。

「何か物言えよ、おい」

「す、みません…」

お願いだから早く解放してほしいと思った。俺の襟を掴んだ男は見下ろしてきた。

「金出せや、それで許してやるよ」

「…え、」

財布の中に入ってるお金が自分の全てだ。
それがなくなったら本当に生活できない。

「…お金そんなにない…です…」

「いいから出せっつってんだよ」

威嚇する男たちに諦めて、自分のポケットから財布を出した。そこからお札を数枚抜き取って男の前に出す。男にはバレないように少しだけ財布には残して。

「これが…全部です…」

震える心臓を無理やり抑えながら、お金を出したのに男は受け取ろうとしない。なんでだと不安になった。

「ふざけてんのか?それが全部じゃねぇだろ?」

バレていた。男は俺が持っている財布を取ろうとした。残りのお金だけは許してほしくて、俺は財布を離さなかった。

「おい、離せ!」

「これしか、ないんです…っ、」

ぐっと引っ張られる力に抗って財布を持っていると、男がストラップの部分を掴んだ。

あっ、と思った瞬間には、男が引っ張ったと同時にストラップは千切れて、貝殻や青色のストーンが飛び散った。

「っ…!!」

信じられなくて俺は腕の力が抜けた。
壊れたストラップは跡形もなく溝に落っこちた。

飛び散った部分を探そうとしゃがんで地面をさぐるけど暗くてよく見えない。

壊れてしまった。瀬名との繋がり。
じわりと視界が滲んだ。

「結構持ってんじゃん。じゃーな」

ボト、と地面に財布が落とされた。
男たちはお札を全て抜き取って去っていった。

財布なんてどうでもよかった。

唯一の繋がり、俺の宝物。
思い出だったのに、溝に落ちて、消えてしまった。

あれがあったから頑張れたのに、あれがなくなったら俺と瀬名の繋がりなんてなかったものになる。

存在しなかったことになる。

それが悲しくて、悔しくて、涙が落ちた。

泣いたって壊されて溝に落ちたストラップは戻ってこないのに、目からこぼれ落ちるものは止まらなかった。

ひとしきり静かに泣いたあと、鼻を啜りながら財布を拾ってよろりと立ち上がった。

小銭だけの財布。ヨレヨレの服。
為す術もなく突っ立っていた。

何も考えたくなくて歩きはじめる。

ズルズルと歩いたところで、寒くてお腹が減って何か食べたくなった。

足を止めたところで横を見ると明かりがレストランから漏れていた。

窓の外からレストランの中を見る、中は暖かそうで窓際の客はクリームシチューを食べていた。

美味しそうだ。お腹がギュルギュルと鳴るのを無視して眺めた。

チャリンとレストランの扉が開く音がして、客が中から出てきた。開いた隙間から美味しそうな匂いが漂って、ここで食事をした客が羨ましかった。

中に入りたい、でも今のこんな容姿じゃ嫌な顔されるだろう。

また歩き始めようと足を前へ出す。

「…なまえ?」

後ろから聞こえる声に反応して振り返った。

そのレストランから出てきた客は知っている人だった。なんでここに、とか、その隣の女性は誰なんだろう、とか色々思ったけど今は消えていなくなりたかった。

すぐに離れようとまるでひと違いですとでもいうように前を向いて歩いた。

それなのに、その人は俺の腕を掴んだ。

「なまえだよね?!」

「…ち、違います…」

腕を握る力は強くて、離せなかった。

「何で出てったの…?!」

「…違います…離してください…」

離してほしかった。ボロボロで汚い俺を見つけないでほしかった。

「セッちゃんがどれだけ悲しんでるか知ってる?!」

セッちゃん、その言葉にピクリと肩が震えた。

「セッちゃんすごく悲しんで…探してるのに…」

目の前で俺の腕を掴む朔間凛月もまた悲しそうに目を伏せた。

「よかった…見つかって…。っ、あんず!セッちゃんに電話して!なまえが見つかったって!」

だめだ。こんな姿見られたくない。

朔間凛月の腕から逃れようと暴れる。

瀬名は優しいから、俺みたいな厄介者のことを断れなくてまた面倒見るはめになる。


「瀬名は…っ、瀬名は、優しいから…離れなきゃ…」

「何言ってんの…?!セッちゃんは…!」

「…離して…っ!」

見られたくない。面倒見てもらったのに、何も恩は返さず姿を消した自分勝手な俺がこんなボロボロになって、まともに生活できないなんて瀬名に軽蔑されてしまうかもしれない。

それが怖い。世間では俺と同じ世代も皆普通に働いて、普通に生活しているのに、その普通が出来てない俺は何もできない奴なんだと思われてしまうだろう。

ゴミみたいな俺は瀬名みたいに綺麗な人には近づけない。次元が違うんだ。

「離し、てっ、…」

ぐっと力を振り絞って抗うと、朔間凛月の腕から解放された。

向き合う形で、じりじりと後退する。

「…前にセッちゃんちで言ったこと、ごめん。謝りたくて。あそこはセッちゃんちでもあるしなまえんちでもあるから。…だから戻ってあげて。」

「…戻れない。」

「何で?!セッちゃんはなまえを探してるんだよ?!何がいけないの?!」

そうじゃないんだ。それは瀬名が優しいから。それで俺がそんな瀬名に甘えてしまうからいけないんだ。

瀬名をもっと好きになったら、もっと辛くてもっと醜くなっちゃうから。

「…瀬名のこと…遠くで見るだけだから…許して…」

誰に許してほしいのか分からないけどそんな言葉が口から出た。

目を見開いて驚く朔間凛月に背中を見せて全力で走った。

後ろから聞こえる声に聞こえないふりをして夜の道を走った。


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