番外SS�B
「………あつい。」
外の気温は35℃を超える真夏並の暑さ。
エアコンをつけることなく家の窓という窓を開け放って扇風機の前で顔に風を当てた。
扇風機のボタンを押すとピ、ピ、ピ、と音を立てて風が弱から強に変わる。
ニュースで今日は全国的に暑い1日になると言っていた。
上はタンクトップ1枚、下はパンツ一枚。
家に誰もいないから出来ること。
「……みず…。」
扇風機の前からのろりと立ち上がって冷蔵庫に向かった。
キッチンにある冷蔵庫を開けると冷気が体に触れて気持ちいい。
水を取り出して飲み始めると止まらなくてゴクゴクと喉がなるほどたらふく飲んだ。
「…っはぁ、」
口の端からこぼれ落ちそうになった水を拭って、また冷蔵庫の中に戻した。
それから、また扇風機の前に戻る。
タンクトップは肌に張り付いてもはやじわりと浮き上がる汗を吸収できていない。
扇風機の前に座って少しでも体力を使わないように目を瞑った。
瀬名が帰ってくるまであと数時間。
瀬名は数日ほど仕事で家を空けていたから俺一人だけ。
稼ぎのない俺が無駄に光熱費を消費するのは良くないと思って、瀬名がいないあいだはエアコンなしで乗り切ろうと思って俺は我慢大会のようにひたすら暑さに耐えていた。
ベランダに打ち水したり、水のシャワーを浴びたり、扇風機の前に陣取ったり、氷枕で寝たり、できることはやってみたけど…さすがに暑い。
頭はぼーっとするし、少し動いただけでも体力がかなり消耗する。
なにより、暑すぎて何もする気にならない。
だから食べる気にもならなくて氷を頬張ったりするだけ。
さっぱりしたものが食べたいな、なんて思うけど作る気にもならない。
適当に手軽に食べれるものだけを食べたけど、あんまり食べれなかった。
扇風機の前で横たわって風を浴びる。
何だか暑すぎて、扇風機の意味が感じられない。ぬるい温風が吹いているだけ、という感じ。
だけどないよりはましか…と考えて目を閉じた。
お金も何もなくなって薄汚い生活をしてた頃に比べれば大丈夫。あの時は暑くても寒くてもどうにもすることができなかったんだから。ただただじっと耐えてきたから。
あとすこし。頑張れば瀬名が帰ってくる。
温風のおかげで吹き出る汗がポタリと落ちた。
寝たらあっという間に時間が過ぎるかもしれない。
俺は今日何度目かのうたた寝に入った。
****
瀬名side
「ただいまぁ。あつ…っ。なまえ〜?」
仕事も終わってなまえが待つ家に帰ってきた。
鍵を開けるとむわっとした暑い空気が襲ってきてだから夏は嫌なんだとため息が出た。
なまえがいたら部屋も冷えてると思って帰ってきたのに、その姿は見当たらない。いつもなら出てきてくれるのに。
「ったくどこ行ったのかねぇ…。って窓開けっ放しじゃん…。」
防犯意識が低すぎるなまえに少し不安になりながら足を進めた。
ちゃんと窓閉めて出ること、って言わないと…とリビングに入ったところで違和感を覚えた。
窓が全開。
「…低層階ってわけじゃないにしても…。」
扇風機の音が聞こえて、開けっ放しつけっぱなしということは近くのコンビニにでも行ってるのかと思い扇風機を止めようと見た。
「…はっ?!?!」
扇風機の前に横たわってるなまえ。
タンクトップ一枚は張り付いていて薄くなっている。
そして下はトランクスのみ。太ももも足も露になって投げ出されていた。
「ちょっ?!はぁ?!」
衝撃の光景に見たものが信じられなくてここ1番驚いた。
どういうこと?!と全てがはてなだったけど汗で髪も額に張り付いているし、頬も赤いしとにかく起こそうと駆け寄った。
「なまえ?!なまえ?!」
肩を掴むと湿っていてどれだけの間こうしていたのかと不安になる。
「なまえっ?!」
「…ん、……せな…?」
「なまえっ、なにこれ?!」
「…おかえり…」
「そんなことどうでもいいんだけどぉ!説明して!」
「…なにが…?」
「何がって、何でこんな汗だくなわけぇ?!」
「……節電…。」
「はぁ?!」
時々なまえの返答に俺は耳を疑いたくなる時がある。信じられなくてすぐにエアコンのスイッチを付けた。
「ちょっと、水飲んで。ほら、おでこにこれ貼って。」
冷蔵庫から急いで水と冷やしておいた熱を冷ますシートを取り出した。
汗ばむおでこをタオルで拭いてあげて、おでこにシートを貼ると気持ちいい、と呟いた。
「何でエアコンつけないの?!」
「…??」
「暑いでしょぉ?!死ぬよ?!」
「……だって…電気代かかる…。俺1人だし…」
「もしかして……俺がいない間、ずっとこんな状況だったなんて言わないでよねぇ……?」
自然と自分の目が細くなるのがわかった。
「…俺一人だし我慢できるから…」
「………ちょっと理解出来ないんだけどぉ」
俺は出そうになるため息を押さえ込んで、なまえの考えをまとめた。
「…電気代かかるから俺が帰ってくるまで我慢してたってことぉ…?」
うんと言うように、こくりと頷いたなまえからまた1つポタリと汗が落ちた。
ああ、もうほんとこの子は何でこんなにも自己犠牲なんだろうと胸が痛くなる。
電気代なんて気にするほどでもないし、俺はなまえの健康の方が何よりも大事なのに。
「……ごめん。」
俺の顔を見てしゅんと落ち込んだように俯くなまえに俺はそうじゃないとなまえの首筋を拭った。
「なまえ。なまえは我慢しなくていいの。暑ければエアコン付けて。お腹すいたらお腹いっぱい食べて。寒ければストーブつけて。こたつにも入って。なまえは我慢しなくていいの。俺はそのために頑張ってんの。なまえが健康でいることが一番なわけ。だから今みたいに無理やり我慢するのは俺が嫌なの。わかる?」
なまえの目をちゃんと見て一つ一つしっかり伝える。
ちらりと俺を見ながらも聞いたなまえは、うん…と頷いた。まだバツが悪そうにしているなまえにタオルをかけて引き寄せた。
「わかったなら、よし。何か食べた?」
「……あんまり食べてない。」
「…はぁ、だろうと思ったぁ。素麺食べる?」
「…うん。」
「ん、じゃあまずはシャワー浴びてさっぱりしておいでぇ」
額に口付けをして立ち上がらせる。
ここ数日の生活が見事に現れてるのかふらついたなまえを支えた。
「大丈夫?」
「うん。瀬名疲れてるのに素麺作るの…?」
「俺も食べたいからいいの。あと疲れてない。なまえの方が俺より疲れた顔してるけどぉ?」
「……うん。」
うん、って頷くんだ、と笑いそうになった。多分本人もここ数日で疲れたというのを感じてるんだろうなと苦笑いが出た。
「ほら、早く。ぬるめのシャワーでね。」
「うん。」
「あ、待って。」
なまえを呼び止めて唇に触れるだけのキスをした。少ししょっぱい。
「ただいま。」
「…おかえり。」
俺と目を合わさずに下をちらりと見るなまえ。でも暑さでやられた赤い頬がさらに赤くなるのを俺は見逃さなかった。
早くさっぱりした冷えた食べ物を作ってあげようとキッチンに向かう。
帰ってきて最初は焦ったけど、自己犠牲の強いなまえの考えそうなことだとすぐに理解した。
怒るんじゃなくて、よく頑張ったねって褒めてあげないとねぇ。
もうしないようにと念押しするけど、頑張ったのは確かだから。
たまに怒ることもある。でもどうしたってなまえがすることを許してしまう自分がいるのはとうの昔に自覚している。
傷ついてボロボロのどぶ猫みたいななまえを拾った時から、俺はもう精一杯甘やかしてやろうと心のどこかで思っていたから。
冷えた素麺を食べて満足そうに笑うなまえを想像して素麺を鍋に入れた。
あの笑顔が見れれば、それが俺の幸せ。
← →
back