夢の中で頭を撫でられた感触を感じた。
髪の流れに沿ってふわりと撫ぜる手があたたかくてずっと撫でてもらいたくなった。
俺の頭を撫でるのは瀬名しかいない。
そろそろ起きる頃なのかもしれない。
でも…やっぱりもうちょっと寝ていたい。
浮上しそうな意識と戦っていたけど、結局目は開いた。
動かずに目を開けたまま数秒。
周りに人がいる気配はない。瀬名は、いない。
ただの夢だったのかも。起き上がってまた動きを止めた。
「…………。」
窓から零れる陽日。ピピピ、と聞こえる鳥のさえずり。朝と言うには遅く、部屋の中にあるベッドには俺1人だけだった。
「…………。」
多分、瀬名はもういない。
ベッドからおりてリビングに行く。
やっぱり、もう瀬名は家を出てる。
食器棚から黒猫のマグカップを出して、牛乳を入れた。
レンジの中に入れてボタンを押そうとしたけど、まだ起きていない頭のせいで間違えてオーブンのボタンを押してしまった。すぐにとりけしボタンを押して、今度こそレンジのボタンを押した。
「………。」
ウィーーーンと牛乳を温めだしたレンジの音を耳に、レンジの中を見つめる。
「…………。」
瀬名は…何時に出たんだろう。
温め終わるとコップを出して、棚からココアの粉を取りスプーン三杯ほど入れた。
混ぜながら零さないようにリビングのソファに向かう。
ココアの甘い匂いを嗅ぎながらソファに座り込んだところでちょびりとココアに口を付けた。
「…………。」
甘い。ソファで体育座りをしてココアを飲む。
「…………。」
ソファにこてりと頭を預けた。無言の中で静かな時間が流れる。
瀬名がいたらまずはおはよう、って起こしてくれる。瀬名と話しながら朝食を食べて、いってらっしゃいって…
朝起きてから何一つ言葉を発していないことに気づいて、朝から少し心細い気持ちになった。
瀬名はこの頃忙しい。
新しいアルバムに先駆けて、ライブやツアーをするらしくあんまり家にいる時間がない。
それに合わせてモデルの仕事もたくさんきているらしい。
朝は早いし、夜は遅い。
同じ家にいるのに、瀬名を見る時間が少なくて俺はいつもタイミングが合わない。
手の中におさまっている瀬名から貰った黒猫のマグカップ。
「……はぁ。」
朝一番に発したのはため息だった。
瀬名に会えなくて、朝のおはようを言えなくて、夜のおやすみを言えなくて寂しいのは俺だけなんだろうか…。
まるで1人でこの家に住んでるみたいな感じに無性に瀬名に触れたくなる。確かめたくなる。
ちゃんと俺と一緒に暮らしているんだって確かめたくなる。
でも俺はどちらかというと瀬名に養ってもらっている身だ。食べ物を食べさせてもらって、服を着させてもらって、住ませてもらってる俺が瀬名にわがままを言うのは、瀬名を困らせてしまう。
瀬名の声、聞いてない気がする。
スマホを眺めて瀬名から何か来ていないか確認したけど来てなかった。
忙しくて…俺に連絡する暇なんてないのかも…。
俺は瀬名がいないとこんなにも暇なのに。
とくに趣味はないし、好き好んで外に出ようとは思わないし、家で過ごす方が好き。
瀬名…俺のこと忘れてないといいな…なんて祈りにも似た思い。
休みの今日一日何しようかと考えていると手にしていたスマホが震えた。
すぐに画面を見た。
瀬名だ。
「…っもしもし…」
「なまえ?起きた?」
「うん…」
電話越しに聞こえる瀬名の声にほっとした気持ちになる。
「多分ずっと寝てるだろうから起こさずに出たんだよねぇ」
「…瀬名、今日早かったの…?」
「まぁねぇ。最近はあんまり家に帰れないぐらい忙しいし…」
「………。」
「なまえ?」
「……っ、今日は、…今日は早く帰る?…俺、晩御飯つく「ごめん、今日も無理そうなんだよねぇ…」……そう…。」
瀬名の言葉にスマホを握る手が強くなった。
「今日もちゃんと早く寝るんだよぉ?明日は仕事でしょ?」
「うん…。」
「お風呂で寝ないこと、それと『瀬名さーん!準備終わりましたー!』っ、ごめん、もう切るね。じゃあまた連絡するから」
電話の向こうから瀬名を呼ぶ声がしてすぐに瀬名の声は聞こえなくなって、代わりに無機質な通話終了を知らせる音。
「………。」
本当に俺は瀬名と話す以外は全然喋らない。いや、喋ることがない。すぐに口は一文字に閉じられる。
瀬名、忙しそうだったな…。
瀬名に髪乾かしてもらうのだってしばらくなくて俺の髪はパサパサになりかけている。
多分、俺が髪を乾かさずにそのまま寝てしまうからだと思う。
テレビを付けたら、メディアに引っ張りだこのKnightsの特集がされていた。
活き活きとして輝く瀬名はすごくかっこいいと思う。俺はそんな瀬名が好きだけど…、今だけは俺から瀬名を取る全部が恨めしく感じた。
それほどに瀬名が求められているという良いことなのに。
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