「…何か……。」
玄関の前に立っているゆうくんに向かって、少しだけ開けた玄関のドアの隙間からぼそりと呟いた。
「こんにちは。あの…泉さんいる?」
「………。」
いる、って言いたくなかった。
いる、って言ったらゆうくんに瀬名を連れてかれそうで、せっかく一緒に過ごしているのに取られそうで、ゆうくんと笑いながら話す瀬名を簡単に想像できてもやもやした。
「あ、実は、昨日泉さんがこれ忘れちゃって…!多分いつも持ってるから大切なものかと思って持ってきたんだけど…っ」
紙袋を揺らして、へへと曖昧に笑うゆうくんに俺は昨日…?と頭にはてなを浮かべた。
「……昨日…?」
「昨日、遅くまで打ち上げがあって…泉さんは帰るって途中で抜けたから、その時これ忘れていっちゃって…」
「…打ち上げ…。」
誰と?どこで?だから帰ってくるのが遅かったんだ。
「泉さん、いない?」
「…………いない。」
嘘だ。いるけど、瀬名と会わせたくなかった。
「あ、じゃあこれ渡してもらってもいいかな?」
「……わかっ「なまえ?」
後ろから聞こえた声にびくりと肩が震えた。
来ないで…と思ったけど遅かった。
「あれ?ゆうくんっ?!」
「あれ?泉さん、いたんだ…?いない、って…」
「……。」
唇を噛み締めて下を向くことしかできなかった。
「え?いたけど…?それよりどうしたのぉ?」
「あっ、これ昨日忘れてたから…」
「あ、本当だ。わざわざこれのために?さすがゆうくん俺のこと分かってるねぇ」
「えっ?えぇぇっ、いやいや、違うよ?!大事そうだったんで持ってきただけで!」
「上がっていく?ゆうくんならいつでも大歓迎♪」
「いや、僕はもう…」
「今からパンケーキ作るけど食べていく?」
「えっ、あの美味しいって噂の泉さんのパンケーキ?!」
「…なにその噂ぁ」
瀬名が聞いたことないという風に眉をしかめた。
俺はただ2人に挟まれて黙って下を向いていた。
やだ、早く帰ってよ、と心の中で叫んだ。
「凛月くんが言ってたんだよね、泉さんのパンケーキ美味しいって。」
「いやくまくんに食べさせたことないし…。ていうかなまえ以外誰にも食べさせたことないからねぇ?」
どうせくまくんもなまえから聞いただけでしょぉ、と肩をすくめた。
「で、ゆうくんどうする?食べてく?」
「泉さんのパンケーキは…食べてみたいかも…」
「決まり♪じゃあ、どうぞぉ」
「お邪魔します」
なにそれ、なにそれ。
瀬名のパンケーキを俺しか食べたことない、って知らなかったし、それを今からゆうくんが食べる…?
やだ、やだ、俺だけだったのに、何でゆうくんが食べるの?何でゆうくんのために作るの?
頭が混乱して、ぐしゃぐしゃになりそうだった。
今すぐ瀬名を引き止めて、ゆうくんを玄関の外に追い出したかった。
でも2人は家の中に入っていくし、瀬名は「なまえ?」って全然気づいてない。
何で…、せっかく2人でいたのに…ゆうくんが来るの…?2人の家なのに…なんでゆうくんがパンケーキ食べるの…?
耐えられなくて自分の部屋に入った。
入る前に瀬名とゆうくんの笑い声が聞こえて耳を塞いだ。
自分の部屋に入ってベッドに潜り込んだ。
瀬名のパンケーキ作るところを見るのは自分だったはずなのに。
出来たてのパンケーキを食べるのは俺だったのに。
居場所を取られたみたいに俺の行き場はなかった。
リビングに行ったって、辛いだけ。
この家にいても…辛いだけ。
2人の声が聞こえないよう部屋に逃げ込んだのに、頭の中はずっと2人の話すところを想像してばかりだった。
嫌だ…。
しばらく枕に突っ伏して考えないようにしているとコンコン、とドアがノックされた。
「なまえ?どうしたのぉ?パンケーキ出来たよぉ。」
瀬名の声が聞こえた。
俺の分も作ってくれたんだ、と部屋のドアをそっと少しだけ開けた。
隙間から瀬名が どっか痛いの?大丈夫?と俺の顔を見つめた。
痛い。心が。
でも、そんなの瀬名に分かるわけないし、俺は何でもないと言った。
「うわっ!すごい美味しい!お店みたい…」
リビングからゆうくんの声が微かに聞こえた。
瀬名のパンケーキを食べたんだ…。俺だけしか食べたことなかった、瀬名のパンケーキをゆうくんは食べたんだ。
唇が痛くなるくらい噛んだ。じゃないとどろどろしたものを抑えられなかった。
ゆうくんの声を聞いて瀬名はくすりと笑った。
「なまえのも出来てるよ。食べるでしょぉ?」
「……………いらない。」
「え?」
「………いらない。……食べない。」
部屋の中に戻って、財布と携帯だけ持ってドアを開けた。
「ちょ、食べないの?」
瀬名の困惑した顔をちらりと見て、俺は玄関に向かった。
「ちょっと、なまえ、どこ行くのぉ?」
「…出てくる。」
「え、パンケーキは?ていうか、どこに?」
「…さぁ。わかんない。」
どこだっていいじゃん。だって昨日、瀬名がどこに行ってたなんて俺は知らないし。
「わかんないって…」
とにかく家から出たかった。ゆうくんがいるこの家から。ずっとあの場にいるなんて耐えられなかった。
「用事があるから出かける…」
口早にぼそりと告げて、瀬名の顔もろくに見ず玄関のドアを開けた。
なまえ?!と呼ぶ声を無視して急いで外に出た。
知らない。もう瀬名なんて知らない。
ゆうくんと仲良くすればいいんだ。
パンケーキでも何でも食べさせてあげればいいんだ。
俺は行く宛もなく外に飛び出した。
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