いつもの掃除をしたあと、食材やら日用品の買い出しに行くために瀬名からもらった服と靴を履いて、マンションを出る。
瀬名の住んでいるところは交通の便はいいけど、喧騒さは全くないとてもいい立地だ。
瀬名の年でこんなところに住めるなんてかなりすごいんだなあと思う。その分、瀬名はいつも忙しそうで休む暇もないくらいだ。
瀬名と出会わなければ俺もこんな良い生活はできていなかった。
このままじゃいけないと思う自分と甘える自分。どっちつかずの毎日がただただ過ぎていって、ますます瀬名という温かい底なし沼にはまっていってるような気がする。
いけないのに。
そう思いながらも現実逃避するのは得意だった。
今日は買い出し用のお金とは別に、瀬名から仕事の対価としてもらっていた自分用のお金を少し持ってきた。
最近テレビで流行っているパンケーキが食べたくなったからだ。
時間があればパンケーキを食べて帰りたいと思っている。
頭の中では何のパンケーキを食べようかなと妄想を膨らませつつ、手早く買い物をして時間を作った。
選んで入ったお店の中は女性客しかいなかった。まあ、平日の昼間にパンケーキを売るような可愛いお店で男性がいるというのもなかなか見ない光景なのかもしれない。
特に気にしないし、俺の目的はパンケーキだけだ。
席について、甘くて美味しそうなチョコレートがたくさんかけられたパンケーキを選んだ。
すぐに熱々のパンケーキの上にバニラアイスが上に乗って出てきた。チョコレートもたくさんかかっている。
すごく美味しそうでお腹の虫が鳴いた。
瀬名と一緒に食べたかったなあ、と思った。瀬名ならなんて言うだろう。こんな高カロリーなもの肌に良くなぁい!とか言うかな。
そんな瀬名を想像して少し笑いそうになった。
写真を取りたい。瀬名に見せたい。
でもふと思った。瀬名は仕事で忙しいのに昼間からパンケーキ食ってる俺からそんな写真を見せられたら不快になるんじゃないか、と。
やっぱりやめとこう。
別に、誰にも共有できないのは慣れている。
少し寂しく思いながらパンケーキを口にした。
とても美味しい。例えると頬が落ちてしまいそうなほど。
でも、前に瀬名が休みの日に作ってくれたパンケーキの方が美味しい気がした。
あの時はメープルシロップがかかっていて、材料も体に良いものを使って作ったと瀬名が言っていた。
瀬名が作ったパンケーキはふわふわで甘くて、美味しくて、いっぱい食べた。
それを瀬名は笑いながら見ていて「美味しい?」って言いながら頭を撫でてくれた。
なんでだろう。今目の前にあるパンケーキもすごく美味しいのに、あの時の瀬名のパンケーキはもっと美味しくて甘くて忘れたくない味だった。
ぺろりとパンケーキを食べ終えて食後のティータイムで紅茶を飲んでいたら、近くの席に座っている女子グループの会話が少し声が大きくて聞こえてきた。
「やばい!今月号、瀬名泉の特集じゃん!」
「うそ!ほんとだ!!かっこよすぎる!」
「プライベートについて、とかもあるじゃん!」
「最近猫を飼いました…って!いいなぁ…瀬名くんちの猫になりたい…!」
「わかるー!毎日瀬名くんとゴロゴロできるんでしょ?幸せよねえ」
女の子たちが話しているのは雑誌で特集されている瀬名についてだった。
瀬名と一緒に暮らしている俺としてはドキリとして聞きたいけど聞きたくないような思いで耳を傾けた。
「瀬名くんって1人暮らしなんだ〜」
「忙しいけど充実した生活を送ってます、だって!」
「素敵すぎる…。」
もちろん俺と暮らしているのは伏せているだろうから世間的には一人暮らしということになっているだろう。
「でもさぁ、瀬名くん程忙しいと1人の時間ってほんと大切だよね」
「わかる。私たちでさえ、1人の時間は必須だもの。アイドルして、モデルして、舞台もしてってなるとほんと1人の時間は必要だわ」
「やっぱ落ち着ける時間っているもんねぇ〜」
そこから女の子たちは自分の仕事の話やプライベートの話に入っていった。
俺はというと、さっきの会話が頭から離れずあと半分残っている紅茶を眺めて動きが止まっていた。
一人の、時間が大切…。
落ち着ける時間…。
よく考えれば、俺が瀬名の家に住み出してから瀬名が1人の時間なんてない。それに、瀬名は仕事が終わったらすぐ帰ってくるし、ちゃんといつ終わった、とか連絡もくれる。
瀬名が休みの日だって、俺がいる。瀬名が仕事から帰ってきても、俺がいる。
俺がいたら、瀬名は1人の時間なんてない。
落ち着ける時間なんてないんじゃ…?
家に帰ったら赤の他人がいるようなもんだ。そんなの確かに落ち着けないかもしれない。
俺は気づくのがなんて遅いんだろうか。
瀬名に1人の時間を作ってあげるべきだった。
またいつの日か感じたような情けない気持ちになった。瀬名のこと考えてあげられなかった自分が情けない。
すぐに紅茶を飲み干して、荷物を持った。
瀬名に時間を作ってあげないと。
お会計を済ませてすぐに家に戻る。買った荷物を片付けて、スマホと財布だけ持って外に出た。
早速今日、瀬名に1人の時間を作ってあげたい。
どこに行くわけでもなくとりあえず家から離れた。
***
夕方まで図書館で本を読んだあと、閉館の時間になったため外に出た。
薄暗くなってきて夜が始まる。
次はどこに行こうか。
瀬名が落ち着けるように、朝まで帰らないようにしよう。
時間を潰すにはネカフェが1番かもしれない。
早速近くのネカフェに入った。
数時間過ぎたところで、瀬名からメールが入っていた。
【今どこ?】
もしかしたら帰ったのかもしれない。でも夜ご飯は作り置きしておいたから大丈夫だ。
【今日は用があるから、明日の朝帰る。】
そう送ったらすぐに着信がかかってきた。
出ようか出まいか震えるスマホを片手に迷った。
別に用なんてない。何て言えばいいのかわからない。しばらくしても振動は続くので仕方なしに電話に出た。
「…もしもし。」
「用ってなに?」
「もう帰った?おかずは冷蔵庫の中にあるから」
「用はなにかって聞いてるの。」
「……。」
「俺に言えない用事なの?」
電話で少し瀬名がイラついているのがわかる。用はない。瀬名に自分の時間を過ごしてほしいだけ。
でもそれを言ってしまったら瀬名は気をつかうだろう。瀬名は優しいから。帰ってこいって言ってくれるだろう。
でもそれじゃ意味がないんだ。
「朝には帰る…。」
「どこにいんの。」
「……忙しいから切る。心配しないで…じゃあ…」
瀬名が何か言っていたが、瀬名の追求に耐えられなくて無理矢理切った。そしてすぐに電源を落とす。
忙しくもなんともないのに。
暇だったからパソコンでパンケーキを検索した。
美味しそうで瀬名みたいに上手に作れるようになりたくてレシピをたくさん見た。
たくさん見すぎてどんな作り方がいいのか分からないほど見た。
途中から眠たくて座ったまま寝た。
起きたら体がギシギシしていて、ベッドで眠りたくなった。
早く帰りたい。瀬名のいるあの部屋に帰りたい。
でも朝まではまだ時間がある。
瀬名が一人の時間を落ち着いて過ごせてますように。それだけで俺は報われる。
硬い椅子に座ってまた目を閉じた。
起きたら朝の7時前だった。
もう帰ってもいいかな、と思いネカフェを出た。
朝日が眩しくて早く家の中に入りたかった。ネカフェは家みたいに落ち着けなくて少し疲れてしまった。
足早に家に帰り、玄関前に立った。瀬名を起こしてはいけないとそっと鍵をかけて回した。
玄関に入って、またそうっとドアを閉めた。
靴を脱ごうと振り返ったら、そこに瀬名が立っていてびっくりした。
「…無視とはいい度胸してるよねぇ。」
「…おはよう。」
「おはようどころじゃないんだけどぉ。何?いちから説明して。朝帰りの理由は?」
腕組みをして立っている瀬名は怒っていて眉間にシワがよっている。
「…瀬名、落ち着けた…?」
「はぁ???落ち着けるわけないでしょ!いつ帰ってくるから分からないし、電源切るわで連絡とれないしで、待つだけでずっとイライラしてたんだけど!」
どこで間違えてしまったのか、瀬名に心配させてしまったみたいだ。せっかく一人の時間を過ごしてもらおうかと思ったのに逆に瀬名にストレスをかけてしまったみたいで落ち込む。
「…俺、心配しないでって言ったじゃん…。」
「ばっかじゃないのぉ?!心配しないわけないでしょ!?…で、どこに行ってたの。用ってなに?早く言って。」
ピシャリと言われて俺に動物の耳があればもう垂れ下がっているかもしれない。
「…ネカフェ…。」
「はぁ??何で?パソコンなら家にあるし、わざわざ行く必要ないでしょ?」
「…瀬名には1人の時間が必要だと思って…」
「はぁ??」
「忙しいから…落ち着ける時間、いるでしょ…」
「……はぁ…」
瀬名から盛大なため息が漏れた。
また俺はビクリと肩を震わせた。
「まーた変なこと考えたんでしょ…。別に1人の時間なんか必要ないし、なまえがいるからって落ち着けないなんて1言も言ってないけどぉ?」
「でも…」
「でももクソも無い!むしろいない方が心配だし、気が気じゃないの!分かったらもう今度からそんな理由で俺からの連絡無視しないこと。わかったぁ?」
強く言われて言いかけた口も閉じてしまう。
わかった、と小さく漏らすと瀬名は再度ため息を吐いた。
「ほんっとに…ちょ〜心配したんだけどぉ…」
瀬名はまだ玄関に突っ立っている俺の肩を引き寄せた。瀬名に包み込まれる形になる。
「おかえり。」
「…ただいま。」
お風呂入っておいで、と言われて靴を脱いで中に入る。
瀬名に時間を作ってほしくてやったことだけど、瀬名が怒ってあんなに心配してくれていて、落ち込んだけど少し嬉しかった。
瀬名は優しい。パンケーキみたいに甘くて柔らかくて、あったかくて、俺はパンケーキも瀬名も好きなんだ。
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