「瀬名…」
キッチンに向かった瀬名について行って、エプロンをかけた瀬名の後ろに立つ。
少し控えめに声をかけたら、瀬名は料理するために皿や材料を取り出しながら俺を見た。
「なにぃ?」
わがままを言うのは心苦しくて中々、口から言葉が出ない。淡々と準備をする瀬名の後ろで上手く言えず迷っていると、瀬名は動かしていた手を止めて、俺の前に立った。
向き合う形で、瀬名の顔を見上げる。
「なに。言ってごらん。」
「わがまま言っていい…」
「いいよ。ほら。」
「…瀬名のパンケーキ食べたい。」
それは瀬名にパンケーキを作って欲しいというお願いだった。
瀬名はくすりと笑って、それからわかったと言った。
「食いしん坊はリビングで待ってて。」
俺の頭をわさわさと撫でてリビングに行くように言う。けど、俺は瀬名が作ってるところをみたい。
パンケーキが出来ていく工程が好きだ。リビング側へ周り、キッチン前にあるカウンター席に座った。
「…瀬名」
「ん〜」
「ありがとう」
「…」
カシャカシャとボウルの中で泡立て器を振っていた瀬名は手を止めて俺を見た。
はぁ、とため息を吐いて瀬名はそっぽ向いた。少し瀬名の耳の赤みが強い気がする。
「大丈夫?」
「…大丈夫じゃない。」
「具合悪いの?」
「そうじゃない。も〜…ほんと…」
「パンケーキ作らなくてもいいよ?」
「そうじゃないってぇ!もうなまえは大人しくそこにいて。」
そう言ってまた瀬名は料理を開始した。
大人しくしていろと言われたので、黙って瀬名の手の動きを見ていた。
じーっと見ているとスマホから音がなった。
俺のじゃなく瀬名のスマホが、だ。
音は止まず、テーブルの上で震えている。瀬名のスマホを取って持っていく。
「瀬名、電話。」
「くまくん?」
スマホに表示されている名前を見た。
瀬名が言うくまくんとは朔間凛月のことだ。
でも表示されているのはあんず、という文字。女性なのかもしれない。
「あんずって出てる…」
「ああ。」
瀬名は手早く手を洗って俺からスマホを受け取った。
「もしもしぃ」
スマホを耳にあてて、部屋から出ていった。
俺には聞かせられない話なんだろうか。
あんずって誰なんだろうか。瀬名の彼女なんだろうか。
でも雑誌やテレビでは瀬名は彼女いないって言ってた。いや、でも俺が住み着いてるのに一人暮らしだって言ってるし彼女がいてもおかしくないかもしれない。
瀬名が戻ってこない。
途中放棄されたボウルとパンケーキになる前のクリーム状態の白い液体。
あんずって誰。頭の中で浮かぶ疑問。
最近になってKnightsのメンバーの名前や歳を覚えた。瀬名に関することは少しずつ知ってきたつもりだったけど、まだまだ知らない。
あんずって誰だろう。焦りと悲しさが混じったような気持ちが小さく胸に染みを付けた。
電話を終えた瀬名が戻ってきた。
スマホをテーブルに置いてキッチンに戻った。
心成しか少し気落ちしているみたいで、瀬名は泡立て器を片手に俺を見た。
「来週から仕事でちょっと空けることになりそう」
「何日?」
「1週間くらい」
「ふうん」
「仕事だし断れないけどさぁ…なまえが心配」
「なんで。」
「ちゃんと生きていけんのか心配なの。俺が帰ってきたら部屋の中で飢え死にしてそうで…」
「なにそれ。そんなわけないじゃん。」
「っていうか、いい子にして待ってられるかがそもそも心配。」
子供のお留守番じゃあるまいしそんなに心配しなくてもいいのに。
瀬名はボソボソとペット用のライブカメラ買おうかな…とか呟いている。
知らない人が来ても玄関は開けちゃダメだからねぇと言いながらフライパンにパンケーキになる前のクリーム色を落としていく。
バターの溶ける音がジュウジュウとなっていて、芳ばしい匂いがする。
「いい匂い。」
「もう、俺の言ったこと聞いてないでしょぉ…?」
すでに俺の頭の中はパンケーキでいっぱいで瀬名の言ったことなんて頭の中に入っていなかった。
「できた?」
「あとちょっと」
「早く食べたい。」
「はいはい」
リビングのイスに座って今か今かと待っていると瀬名がお皿に盛ったパンケーキを持ってきてくれた。
メープルシロップをかけて口に頬張る。
ふわふわであつあつ、ふちは少しカリッとしていて、美味しい瀬名のパンケーキが頭の中に麻薬みたいな快感をもたらす。
「美味ひい…。」
とろけそうな美味しさに、あんずという人のことも一瞬で頭から消えた。
***
瀬名が真っ黒で上品そうなスーツケースを持って玄関に向かう。
「じゃあ行ってくるから。なるべく連絡できる時はメールとか送るからいい子にしててねぇ。」
「いってらっしゃい。」
「お土産何がいい?」
「…いらない。」
「んー、まあ俺が選んできてあげる。じゃ、戸締りちゃんとすること」
「わかった。」
これから1週間、瀬名という家主がいない部屋で何をして過ごそう。
音がないしーんとした部屋の中で考えた。
瀬名がいないとこんなにも違うんだろうか。
静まり返った部屋は少し寒くて、さっき出ていったばかりなのにもう瀬名の帰りを待ち遠しく思う自分がいた。
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