瀬名が仕事で出ていって3日がたった。
とくに何をするわけでもなくダラダラと過ごしていた。
たまに瀬名からくる状況確認みたいなメールに返信しながらテレビを見たり、本を読んだりしている。
今日はテレビで見た料理に触発されて、晩御飯を少しこだわったものを作ってみようかと思っていた。
冷蔵庫の中を開いて、ある材料を確認していると玄関のチャイムがなった。
なんだ、とインターホンを見ると見間違いかと思う人がいて体が固まった。
インターホンのカメラごしに手をひらひらと振っている。
瀬名は知らない人が来たら開けるなと言っていた。
…知らないわけじゃない。
そっと静かに玄関に行った。ドア1枚隔てて、その人は玄関の外にいる。
居留守しようかと思ったけど、ドアをノックするのでチェーンがかかったままゆっくりドアを開けた。
「やっほ〜」
「…瀬名、さん、なら今いませんが」
「知ってる〜、ていうか俺がいることにびっくりしてるでしょ〜?」
「仕事があるんじゃ…」
「今回はセッちゃんたちとは別の仕事なの♪だから一人寂しくしてるだろうなまえにこうして会いに来てあげたってわけ♪」
「お帰りください…」
そんなこと俺は求めてない。目の前にいる朔間凛月に帰るように言ったら、頬を膨らませてそれからニヤリと笑った。
「えー?美味しいもの持ってきてあげたのに追い返すの?」
「じゃーん、シフォンケーキとレアチーズケーキ♪どこのだと思う〜?仕事の関係者から貰ったんだけど俺一人じゃ食べれないしさぁ」
朔間凛月から出たお店の名前は超有名店で、テレビでもいつも出てるものだった。
いつも何もすることがない俺はテレビばかり見ているので、その店も知っていたし食べたいとも思っていたのは事実だ。
でも、そんなもので釣られて瀬名の家に勝手に人を入れるわけにいかない。
「勝手に人を入れることはできません…」
「あ、他にもあるよ〜セッちゃんの昔の写真とかぁ、今日の仕事はKnightsの過去を見る、って内容だったからちょうど持ってんの♪」
瀬名の過去。写真。
ケーキよりもそっちの方が気になった。
見たことがない。瀬名の高校生の時。
見てみたい。
素直な気持ちとそんなものに釣られたくないという気持ちから考えあぐねていると朔間凛月は玄関に手をかけた。
「見たくないの?」
「…勝手に人いれたら怒られる…」
「だいじょーぶ。言わなきゃいいじゃん。俺も言わないし♪内緒にしとくよぉ。俺が貰った食べきれないケーキを一緒に食べてくれる、それだけじゃん。問題なしなし♪」
だから早く開けて♪とチェーンを開けるよう言われる。
食べてすぐに帰ってもらうのなら問題ないか…相手は瀬名の仕事仲間だし、昔からの友達だろうし、大丈夫だろう。
鍵を開けて朔間凛月を迎え入れる。
「うはあ、相変わらず綺麗にしてるねぇセッちゃんち。」
「…掃除してますから。」
「ふふ、昔からセッちゃんは綺麗好きだよ」
「へえ。」
そうか、瀬名は昔から綺麗好きなのか。また一つ瀬名のことが知れた。
「もうご飯食べた?」
「まだ…今から作ろうかと。 」
「俺もまだなんだよね〜」
ソファに座ってニコリと笑う顔に、それはどういう意味かと首をかしげた。
「俺のも作って♪」
悪気なく、口角を上げて言うその顔はテレビでも見たことがある。周りの女性たちがきゃあきゃあ言っていた。
何で俺がもてなさないといけないんだと思ったけど、ついでだしまあいいかと諦めた。
「…味には自信ないですけど」
「いーよ全然。」
キッチンに立って材料を出していく。瀬名と一緒に作るようになってから自分でも手際よくできるようになったと思う。
昔は俺も何もできないくらいだったのに。
簡単に作ったものを机に並べて、朔間凛月と向かい合って座った。
変な感じだ。家主の瀬名がいない部屋で朔間凛月と二人でご飯を囲んでいる。
「…いただきます。」
手を合わせて言う。すると朔間凛月も俺をきょとんと俺を見て、それから「いただきまぁす♪」と言った。
「うん、美味しいじゃん」
「そうですか。」
お腹が空いていたのでパクパクと無言で食べた。すぐにお皿は綺麗になった。シンクへお皿を置いてリビングへ戻るとデザート前の箸休めにと朔間凛月が写真を取り出した。
「これこれ」
朔間凛月の手元に散らばる写真を見た。
瀬名と今のメンバーがステージ上で踊って歌っている写真や、集合写真などもある。
「たくさんある。」
「そりゃあね。イベントごとにたくさん撮ってるし。」
これが高校生の時の瀬名なのか。今よりは少し幼い印象を受ける。それでも芯にあるものは変わらず、瀬名は綺麗だった。
「まあ、これは仕事用の表向きの写真なんだけどぉ。もっと色々なのはこの中にあるわけ〜」
そう言って朔間凛月はスマホを取り出して操作した。
画面に表示された写真はスタジオみたいなところでKnightsのメンバーがこたつに座っている画だった。
「これはセナハウスって言ってスタジオが家の中みたいになってたの。あれは居心地最高だったぁ〜」
思い出すように目を細める朔間凛月。
瀬名の笑った顔。友達と一緒に楽しくいる瀬名。
いいなあ…瀬名とこんな風に一緒に笑えたら楽しそうだ。
どんどんスクロールして色んな写真を見せてくれる。さっきまでの写真たちとは違って、日常風景がたくさん撮ってあった。
笑う瀬名、怒ってる瀬名、焦ってる瀬名、嬉しそうな瀬名、写真には瀬名以外の人もたくさんいるのに、なぜか瀬名にしか目がいかない。
瀬名を見逃さないようにしっかり目に焼き付けては、まるで自分が昔から高校生の瀬名を知っているような気分に浸った。
瀬名と一緒に写っている朔間凛月もやっぱり少し幼くて高校生だという感じがする。
「これはセッちゃんが、ゆうくんのためにマフラー作ってるところね」
愛おしそうにマフラーを編む瀬名。ゆうくんって、誰。
「あ、Tricksterのゆうくんね」
少し記憶がある。テレビで見たことがある。
「2人は小さい頃からの知り合いだし、セッちゃんいつもゆうくん、ゆうくんだったしねぇ。セッちゃん、面倒見いいから後輩を可愛がってたし」
もう一度写真を見て、愛おしそうに目を伏せる瀬名になぜか心臓が痛くなった。
やだ。もうこれは見たくない。
「次。」
早く変えて、と言わんばかりに次の写真を要求する。
また画面に表示されたのはKnightsのメンバーと中心に一人の女の子がいた。
「…これは、あんずだね。」
あんず。あんずってあの人だ。瀬名の電話にかかってきた人。
「プロデュース科の女の子。この時は1人しかいなくて男子校みたいなアイドル科に1人だけやってきたの。」
「…仲良さそう。」
「まあ、お互い仕事仲間だし友達だし仲良いでしょ普通。」
普通。
そう、普通は友達がいたら仲良いし、仲が良いから友達。普通は。
どんどんスクロールされてそのあんずと瀬名の写真が出てくるたびにどす黒い真っ黒で重たい液体で塗りつぶされるかのように思考が止まっていく。
普通は。友達がいる。
笑い合える友達がいる。怒りあえる友達がいる。嬉しさを分かち合える友達がいる。
…瀬名が色んな時を過ごした高校生の頃、俺は…何をしてた?
親が死んだ。身寄りがなく1人になった。感情がおかしくなって、友達がいなくなった。
周りを見た。誰もいなかった。1人だった。
右も横も前も後ろも誰もいなくて、笑ってみても誰も笑い返してくれる人はいなかった。
もし、もし俺が、瀬名と一緒の高校に行って、瀬名と一緒に過ごせてたらどうだっただろう。
瀬名の隣で笑えたのかな。
瀬名と肩を組んで笑えたかな。
瀬名とお昼ご飯食べれたかな。
瀬名と一緒に勉強できたかな。
瀬名と一緒に放課後の教室で話せたかな。
瀬名とぶつかり合って喧嘩できたかな。
………全部、ただの幻想。
叶うことのない有り得ない幻想。
瀬名は笑い合える友達と確かな高校時代を過ごして、友達がたくさんいて、仲間もたくさんいて、周りに人がいて、キラキラして、輝いてる。
俺は1人。薄汚い生活をしていた。瀬名みたいに綺麗じゃないし、笑うことも忘れていた。
そんな俺がもし瀬名と同じ高校に行ったら、なんてそんな馬鹿なことを考えること自体間違っているのかもしれない。
知りたくなかった。高校の時の瀬名なんて見たくなかった。それでも瀬名の色んな表情が頭の中に焼き付いて離れない。
見なければよかった。朔間凛月を中へ入れなければよかった。
嫌だ。もう見たくない。もうこれ以上、俺の知らない瀬名を知りたくない。
「…もういい。」
「え?まだあるよ〜。あ、これとか寝てるゆうくんに近づいてるセッちゃん「…もういい!」」
「なに、どしたの。」
「…帰って。」
「え〜?」
「…っ帰って!」
朔間凛月の腕を掴んで引っ張る。とにかくこの男を部屋から出さないともう俺はおかしくなりそうだった。
昔の瀬名を知ってる人はいらない。昔の瀬名は知りたくない。俺の心がどんどん重くなっていく。
「ちょ、まだケーキ食べてないし」
「帰って!もう…いらないっ!」
外に押し出すようにぐいと、力を入れて朔間凛月を押したのに動かない。
「帰って、っていう権利あるの?」
「…っ」
少し冷たい朔間凛月の声に腕の力が弱まる。
「ここ、セッちゃんちの家じゃん。あんたの家でも何でもないじゃん」
「っ…う、うるさい…」
朔間凛月の言うことが至極正論のように聞こえて、辛くて悔しくて視界がぼやけた。
「はあ…せっかく来たのに追い出されるなんてひどい…じゃ、またねぇ。ケーキ食べていいよ。」
そう言って朔間凛月は自分から出ていった。
すぐに玄関の鍵をしめた。その場にうずくまる。
朔間凛月の言葉が俺の心をズタズタにする。
分かってる、ここは俺の家じゃない。瀬名の家だ。
辛い。辛いよ
心臓が痛い。
ポロポロとこぼれる涙を袖口でぬぐう。
瀬名がいたら、俺が泣いていたら どうしたの、って聞いて抱きしめてくれるだろう。
泣かないでって涙を拭ってくれる。何かあったの、って聞いてくれる。
でも、そんな瀬名は今いない。
どんなに瀬名を求めても遠くにいて、すぐにこの手を取ってくれることはない。
だんだんと嗚咽が混じり、引くつく呼吸。
しーんと静まり返った玄関に響く俺の嗚咽は何とも醜いものだった。
すぐにリビングに戻ってテレビをつける。
少し賑やかになった室内で、テレビの画面に移るのは求めてやまない瀬名だった。
テレビの右上にはLIVEと表示されていて生放送だと言うことがわかる。
瀬名の顔を見た瞬間またぶわりと涙が溢れた。
「せ、っ、瀬名…っ!せ、な…」
いくらテレビの前で泣いても瀬名が気づくわけない。液晶画面の向こう側で笑っている瀬名に手を伸ばす。
無機質な画面に触れて、届かないこの遠い距離。
瀬名はテレビの向こう側の人。
瀬名とは住む世界が違う。同じ人でも、瀬名は綺麗な人。俺は薄汚いどぶ猫。
瀬名の家に居座って食い尽くす、いやらしくて汚いどぶ猫。
俺なんかいらない。
瀬名の綺麗な空間に俺はいらない。
それでも瀬名の隣にいたいと思う俺がいて、わけがわからなくて嗚咽は止まらなかった。
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