泣き疲れてそのまま床に横たわっていたみたいで目を開けると涙で肌はざらついて、瞼が腫れぼったく感じた。

窓の外を見るとまだ暗く夜明け前。

のそりと起き上がって窓の近くまで行く。

吐息で窓ガラスが曇り白くぼやけた。ポツポツと光を灯していく街。

泣き疲れた肺に外の空気を吸い込ませたくてパーカーを羽織りベランダに出た。

少し落ち着いた今は無心になって考えることができた。自分の気持ちに答えを出そうとする中で空の端がじわりと白んでくる。

夜明けだ。

高層マンションの高い場所から夜明けを迎える街を見下ろす。

徐々に明るくなってくる景色をただただ眺めていた。
髪もボサボサで、顔も洗っていなくて、肌には涙がこびりついて清潔とは言えないけれど、朝焼けを見ていると不思議と心が軽くなる気がした。

綺麗だ。天気が良いからか雲一つない空には星空を下から押し上げるように太陽が出てこようとしている。

瀬名に見せてあげたい。そう思っているとポケットに入れていたスマホが鳴った。

取り出して見ると瀬名からメールが来ていた。

【おはよう。今日の撮影場所から。綺麗でなまえと一緒に見たくなったから送るねぇ。いい子してる?あとちょっとで帰れるからねぇ。】

写真が添付されていて、綺麗な朝焼けだった。どこかの山と雲海と朝焼け。

とても綺麗な写真だった。俺も今、同じこの朝焼けを見ていると伝えたい。

瀬名と出会った頃はそんなこと思わなかったのに、最近は何でも瀬名に見せたくて、瀬名に話したくて、瀬名と共有したくて、欲張りな自分がいる。

昨日みたいに自分の知らない瀬名がいるのを知れば知るほど醜くなる俺の心は長くここに居すぎたからだと思った。

これ以上瀬名と一緒にいると、俺はもっともっと醜くなって瀬名の一緒にいるのが辛くなってしまうだろう。瀬名のことが知りたくて、瀬名と離れたくなくなってしまう自分がいるのも事実だけど、そんな俺はいなくならないといけない。最初から期限付きだと分かっていたはずだ。このままじゃいけない、と。

遠く離れていても、同じ空を見ることはできる。
遠く離れていても、瀬名と同じ世界にいる。

それだけで充分だと思った。

さっきから考えていた答えにたどり着いた瞬間だった。

俺はここを出ていく。


***


長かった仕事が終わり、瀬名が家に帰ってきた。
スーツケースとともにたくさんの紙袋を下げている。

「おかえり。」

「ただいまぁ。はぁ、疲れた。」

「お疲れ様でした。」

「大きな猫を養うためだし、頑張らないとねぇ」

その苦労もあと少しでなくなるから心配しないでねと心の中で呟く。

あれからここを出ると決めた俺は少しずつ準備をした。と言っても生きていくために、働くために何をするか仕事を探している最中だけど。

瀬名はスーツケースや紙袋を室内に入れるとすぐに俺を抱きしめてきた。

「はぁ…補充。」

「補充…?なにそれ…」

「やっぱり癒しが必要でしょぉ」

瀬名はいつまでたっても俺を猫扱いしている。そんなに癒しが欲しいなら本当に猫を飼っちゃえばいいのに。そしたらその猫に居場所を譲って俺も未練なくここを出ていけるのに。

しばらく嗅いでいなかった瀬名の匂いが鼻をくすぐる。この匂いを嗅ぐと安心する。

醜い俺の心も浄化されるみたいに綺麗になっていくようで、瀬名は本当に綺麗。

瀬名の言う補充が終わったのか、俺を解放して瀬名はコーヒーを煎れてきた。

「今回は長かったからさぁ、2日ほどオフ取れた。久しぶりの休みだしゆっくりできる」

瀬名の言葉にある願いが生まれた。

「ふうん…。瀬名」

「ん?」

「何か予定あるの…、その日」

「特に何も入れてないけどぉ?」

「……一緒に…、外に出かけてみた、い…で、す」

絞り出すように小さな小さな声で最後は本当に聞こえたかと心配になるほどの願いごと。

今まで瀬名と2人でどこかに行ったことはなくて、常に家にいるか、外に出るなら1人で出ていたため瀬名と2人でどこかに行ってみたかった。

仕事で疲れているだろうし、断られるかもしれない。そもそも2人で出るなんてファンの目がある瀬名にとってはリスクが高すぎるかもしれない。

やっぱり無理かもしれないと思い俯く。

「…は?!え、」

驚いたような瀬名の声にやっぱやめようと思った。

「…やっぱいい。」

「はぁ?!いや、びっくりしただけ。なまえからそう言ってくるとは思わなかったから…」

「さっきのはなしで…。」

「なしとかないからぁ!行くよ!行く!」

俺がなしと言ったところで瀬名は俺の手を握った。自分の部屋に逃げ込もうとしたのが分かったのか離してくれない。

「仕事で疲れてるでしょ」

「疲れてない!どこ行きたい?」

覗き込むように聞かれた質問にうっ、と喉が詰まった。ここに行きたい、という明確な場所は特にない。ただ瀬名と2人で出かけたいという思いだけだった。

「…別にどこ行きたいとかはない…。ただ瀬名と2人で外歩きたかっただけ…。」

呆れたかな、と瀬名を見ると片手で顔を覆っている。

「大丈夫?」

「はあ…うちの猫が可愛すぎて死にそう」

「死んだら悲しい」

「大丈夫。なまえがいるから死ねない。で、なまえはどこでもいいの?」

「え、行くの…?」

「当たり前でしょぉ?俺が決めていいの?」

「うん…。」

まさか2人で出かけられるとは思わなくて心の底から喜んだ。

「ふふ、嬉しいのぉ…?口が緩んでる。」

瀬名に唇をさわりと撫でられて変な感じになる。
くすぐったいような感覚にパクリと瀬名の指をくわえ込んでしまいそうなほどに、心の中は歓喜で満たされている。

「うん…嬉しい。」

素直にそう言うと瀬名は目を見開いて、俺の頭を撫でて笑いかけた。

「素直でよろしい♪」

瀬名に褒められた。嬉しさに自然と頬が緩む。

ありがとう瀬名。

これで最後の思い出を作ることができる。

一生忘れない、俺と瀬名との最初で最後の思い出。

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