夜が明ける前に訪ねてきたのは凛月くんだった。
知らない人でもないからそっと玄関のドアを空けると全身黒い服に包まれた凛月くんが立っていた。
真緒が仕事でいないことを告げると、そのまま遊ぼうよと連れ出されて今に至る。
外に出たくないと言うと凛月くんは大きな黒いマントみたいなものを俺に被せた。
これは日除けにいいんだよぉ、皆これで太陽を遮って生きてきたんだよねぇと言いながら黒い布で人の視線を遮る俺を街に連れ出した。
夜が明ける頃には凛月くんちに連れてこられて今から寝ると言い出した。
俺の夜はゲームをして朝から寝るスタイルだったから一緒に寝た。
そうこうして起きると真緒からたくさん電話やメッセージが来ていた。
帰ってきたけど、どこにいった?
なにしてる?
どこにいる?
電話に出てくれ。
誰かと一緒か?
…真緒はたまにすごい量の電話やメッセージを送ってくる。
面倒臭がりな俺は『今から帰る』とだけ返信した。
すぐに既読になって着信がかかってきたけど凛月くんが寝ているし出なかった。
「…凛月くん…。もう帰る…」
「んん……またきてねぇ…」
「…ありがとう…」
いつも着ているよれよれのパーカーではなく、真緒が買ってくれたパーカーを羽織って凛月くんちを出た。
真緒の部屋と割と近いところにあって少し歩けばすぐに帰ってこれた。
真緒が帰ってきてるし、玄関は開いてるだろうと手をかけると鍵はかかっていなくてすぐに開いた。
「ただいま…」
玄関に入り込むと目の前に真緒が立っていて、びっくりした。
「なまえ、おかえり。」
四日ぶりの真緒は微笑して俺を見た。
あの電話とメッセージの量だったから俺はてっきり真緒から問い詰められると思っていたけど違うみたいだ。
穏やかな笑みを浮かべて俺に中に入るように促す。
靴を脱いでペタペタと真緒の後ろに続いてリビングに入った。
「…なまえの好きなものを作ったんだ。」
リビングのテーブルには出来たての料理が沢山並んでいる。
2人で食べ切れるんだろうか、っていうくらいの量だ。
「ハンバーグ、オムライス、唐揚げ、デザートももちろんあるからな。」
ニコニコと笑いながら言う真緒はすごく落ち着いている。
椅子を引かれて座らされた。
いい匂いがする料理、四日ぶりの真緒の手料理にお腹が鳴りそうだった。
「いただきます…」
熱々のハンバーグは美味しい。
「美味しいか?」
「うん…美味しい…」
「ちゃんとレンチンも洗濯もお風呂も出来てて安心したよ。仕事中、なまえが何してるかちゃんと生活出来てるか気が気じゃなかったぜ」
くすりと笑いながら言う真緒は一緒に暮らすようになってさらに過保護、というか心配症になったような気がする。
「大丈夫。1人でも。」
真緒が不在でもちゃんと生活できる、という意味で言うと真緒は静かに箸を置いた。
目の前に座る真緒を見ると真緒は自分が作った料理を朧気な目で見ていた。
「真緒…?」
「一人でも…大丈夫…か…」
ぼそりと呟いた声は聞こえなかった。
「なあ、なまえ。…どこにいたんだ?…誰と?どこで?何してたんだ?」
俺を見る真緒は無表情だった。少しその表情の消えた真緒の顔が怖かった。整った顔はただただ真っ直ぐ俺を見ている。
「……凛月くんと、遊んだ。」
「…凛月と…。」
「…うん」
「…楽しかったか…?」
「……うん」
何もせず家にいるだけの身のくせに外で遊ぶなんて、と思われただろうか。でも真緒だって遊園地楽しそうだった。
だから、ゆるしてほしい。
凛月くんには感謝してる。俺を黒い布で視線から遮りながら色んなところに連れて行ってくれてネットだけじゃ知り得ないこともたくさん知れて新鮮だったんだ。
突如、真緒は破顔して口角を上げた。
「…はは、はははっ…。なあ…俺おかしいのかな…。今なまえはどこにいるんだろうって考えてるとなまえにこの部屋から出ていってほしくなくて、なまえの好きな物いっぱい作らなくちゃって…」
乾いた笑いで眉尻を下げる真緒に俺は口を噤んだ。
「…別に出ていかない…。」
出ていっても俺には行くところがない。
不安定になっている真緒に俺は凛月くんと遊ぶと言わなかったのが悪かったのかと気づいた。真緒がずっと電話したりメッセージを送ってくるのも心配してのことだったんだろう。
「…今度からちゃんと連絡する…。」
「…今度……?」
「次は連絡するから…。ごめんって。」
「…次なんか…あるわけないよな…?…ごめん…ゆるせないんだよ。なまえが他の奴と外で遊ぶなんて…。こんな俺幻滅しちゃうよな…。ごめんな…。」
俯いて辛そうに謝る真緒に俺は何と声をかけていいか分からなかった。
「もっと…もっともっと…俺がやるから…全部俺がやるから…朝起こして、寝癖直して、朝ごはん食べさせてあげて、夜も、お風呂も全部、俺が洗ってあげる…髪も俺が乾かして…歯磨きも…、着替えも俺が…」
だから、だからずっとここにいて?俺だけのなまえでいて?
真緒の目が切なそうに歪んだ。
そんなことしなくてももう随分と前から俺は真緒がいないとまともに生活できなくなっているのに。
俺に求めている言葉が何なのか分かる気がした。
真緒が言われて嬉しい言葉。
口を開いて、そっと声に出した。
「…もう、真緒がいないと生活できないから…。」
その言葉を待っていたように真緒はほっとした顔で微笑んだ。
「うん…分かってる…。そうだよな。好きだよ、なまえ。」
真緒は嬉しそうな顔で愛の言葉を囁いた。
真緒の愛はきっと地球よりも重いと思う。
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