玄関に入って、薄汚れた靴を脱ぎ捨てる。

部屋に入ると真緒は俺に気づいて立ち上がった。

「なまえ…出禁って言われてたのに入ってごめんな、昨日のことで!!…っ、どうした?」

真緒は俺の顔を見るなり、心配そうにのぞき込んできた。

俺は床の1点を睨みつけた。まだむしゃくしゃした気持ちが落ち着かなくて真緒を見ずに床を見つめるだけで精一杯だった。

「なまえ?…何かあったのか?」

真緒が小さな声を囁いた。それでも真緒を見ない俺に真緒は両手で俺の頬に触れた。

その反動で目が自然と真緒に向いた。

「何かあったろ?」

じっと見つめてくる真緒の目を俺もじっと見つめる。

そしたら、じわじわと目元が潤って淵からこぼれ落ちた。

それが涙だとわかった瞬間、止まらなくなってぽろりぽろりととめどなく溢れてくる。


「〜〜っ、ぅっ、ふ、っ…っぅ」

堪えようとすればするほど、肺が喉がひくひくと痙攣して嗚咽が漏れた。

真緒は俺の背中に腕を回して俺の頭をぽすぽすと優しく叩いた。

「よしよし、」

「ぅ、っ、〜〜っ、」

声にならない泣き声を晒したくなくて真緒の肩に顔を埋めた。

俺が落ち着くまで真緒は何も言わずにただ頭を撫で続けてくれた。

嗚咽が止まって、やっと真緒に話せた。

「…ご、めん…」

「何があった?」

「……バイトに…行ったけど、無理だった……」

「…は?バイト?」

「…どうせ俺は無能だし、引きこもりだし…生きてても迷惑な存在で…っ、生きててごめんなさ、…っ、いらない存在で、ごめっ、」

また潰されそうな感情がこみ上げてきて目元を拭ったら、真緒が俺の手を取ってそんなことないと困惑した顔でのぞき込んできた。

「ちょ、まて、バイトって何…?俺聞いてないぞ?…詳しく教えてくれ。まず何でバイト始めようとしたんだ…?」

「……真緒が、いつも来なくても…いいように…自立しようって思って…」

「だから俺を出禁にしたのか?」

それは違う。手紙のことがあったから、真緒には来ないように行ったんだ。

「……そんな感じ…。」

「なあ、なまえ本当のこと教えてくれ。」

真緒は俺の手をぎゅっと握った。

「嘘つくなまえは嫌い。」

嫌い。

その言葉が頭に響く。
誰も俺を必要としないんだ、誰も、真緒も、皆、みんな…

「なまえ!ちゃんと隠さず俺に話してくれるなまえは好きだから。」

「……っ、……」
「何があった?何でいきなり出禁なんて言ったんだ?」
「……手紙が…」
「手紙?」
「真緒に世話させるなっていう手紙が…きて…」
「……それで、か。俺を心配してくれたんだな?」

頷くと、真緒は安心した…とほっと息を吐いた。俺は喉元につっかえていたものが取れたように真緒に本当のことを言えてすっきりした。

「毎回ここにくる俺が嫌になったのかと思ったよ…」

「…そんなことない…!」

「…昨日さなまえが来てくれてすごく嬉しかったんだ。会えなかったのはめちゃめちゃ残念だったけどなまえが買ってきてくれたんだろ?あのケーキ。」

ショートケーキとプリンな、と囁かれて、こくんと頷いた。

「プリンはなまえのだろ?」

くすりと真緒は思い出したかのように笑った。

「すっごく嬉しかった。ありがとうななまえ」

「……あんなコンビニのやつ…」

「でもあれはなまえがコンビニで頑張って買ったやつだから俺にとっては何よりものプレゼント。」

「……本当に真緒は世話好きだな…こんな無能に…」

真緒はムッとしたような顔をして俺の口を人差し指で塞いだ。

「誰が無能だって?俺にとって可愛いなまえが無能なわけがないだろ?」

「可愛いって…なに…」

「あー…」

真緒は頬をポリポリとかいて、照れたように目を伏せた。

「好きじゃなかったら4年もこうやって通ってないよ。自立しようと頑張ってるなまえももちろん好きだし、でも今までのなまえも俺は好きだ。無理に変わらなくても…いいと思ってる。今までのなまえも含めて全部好きだ。だからこそ、面倒見たいと思ったし、全然苦じゃなかったんだ。むしろここに来れないときの方が苦だった。」

「………」

「だから…一緒に住まないか?なまえのそばにいて、一緒に暮らしたい。」

俺の目を見てくる真緒の熱意がひしひしと伝わってきた。

誰かにこんなにも熱い感情を向けられたことがなくてどうしたらいいのか分からなくなる。

「なまえ、嫌だ?」

「…嫌じゃ、ない」

「じゃあ…俺と一緒に住んでくれるか?…っ、これプロポーズだな…」

自分で言って照れる真緒に笑ってしまった。

「なまえ、答え聞かせて。」

「……俺のこと捨てない?」

「当たり前だろ!捨てるわけない。」

「捨てられたら…行くとこない。」

「そんな未来はないから俺を信じてくれって」

「……それなら、いい、ん、」

いいよ、と言う前に真緒の唇が俺の口を塞いだ。

きょとんとした俺の顔を見て、真緒は嬉しそうに謝った。

「…ごめん。ずっとこういうことしたかった。」

至近距離で俺を見下ろす真緒。

「引きこもりニートを養う覚悟は…あるのか……」

「…ふはっ、それは愚問だな。もう小さい頃から覚悟なんてしてたぜ。…無理して外に出なくてもいいんだからな。昨日買ってくれたケーキとプリン…持ってきたから食べよう?2人で一緒にな」

こんなひねくれた引きこもりニートを好きになってくれる人なんてこの先いないだろう。

こんな俺でもいいと言う真緒に甘えて俺はその手を取った。

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