今、家に帰したら何考えるか分かんないからここにいて、と言われて結局俺は薫くんちに泊まることになった。
来た時と少し違うのは、何をするにしても距離感が近いこと…。
「一緒にお風呂入る?」
「え、いや…」
俺を後ろから抱きしめながら耳元で喋る薫くんに今までと違うこの雰囲気に戸惑っていた。
「広いから2人でも余裕余裕♪」
「ひ、一人でいいです…」
「えー?!何で?!」
なんで、ってそりゃどこに目やればいいんだよって思うじゃないか…。
途端、もみ、とお尻に変な感触が走った。
「ひぁ、っ、」
くすくすと薫くんが笑うのが聞こえてきた。
「か、薫くん…やめてよ…」
「いいじゃん。恋人同士なんだし。」
ふふんと当たり前のように俺の体を触るのをやめてほしい。本当にこっちは慣れてないから気が気じゃない。
「……そ、そうやって今までの…子にもそんな感じだったんだ…」
俺は彼女とかいたことないから、恋人同士の触れ合いというものが実際にどうなのか分からない。
薫くんが付き合ってきた人に対してこういう感じだったんだと考えると少しもやっとした。
「…?嫉妬?」
「い、いや…違います…。」
「なまえだけ。ほんとにこうやって触って抱きしめたのは…なまえが初めて…。」
すりと俺の肩口に薫くんが頭を寄せてきた。
薫くんの長い髪が俺の肌に触れる。
「そ、そうですか…。」
「なまえは…?」
「は、はい…?」
「俺以外とこうしたことあるの…?」
薫くんは分かってて聞いてるんだろうか。
いや、多分、分かってる。ただ俺の口から言わせたいだけだろう。
「……初めて…だよ。何もかも。」
恋人も、キス、も薫くんが初めて。
そう言うと薫くんはすごく嬉しそうにくぐもった声で「そうだよね。」と言った。
ほら、分かってるじゃないか。
「あ、飽きたらいつでも言ってくれていいから…」
「…は?」
う、一気に不機嫌そうな声が返ってきた。
「ま、周りにいい人はごまんといるだろうし…」
「お口チャック。」
またキスされた。
慣れないこの行為に俺はまたじわりと汗が滲み出た。
「もう、なまえ以外いらないって言ったじゃん。」
「お、俺は…フェスとか…サーフィンとか…そういうの無理だし…」
「それは一人だからでしょ?俺がいるじゃん?俺と二人でも無理?」
「………。」
薫くんと二人で色々なところに言って色んなことをするところを想像してみた。
どうなんだろう、薫くんがいてくれたら…楽しめるのかもしれない。
友達として、こ、恋人…として一緒に…。
「ね?平気でしょ?」
「……薫くん…頭おかしいよ。」
「えっ?!ひどくない?!」
「…こんな俺が好きとか…」
「好きなものは好き。しょーがないじゃん。10年経っても好きって気持ちが変わらなかったんだもん。で、この先も変わらない自信がある。」
「……そう。」
「だからさ、もう毎日愛してあげるから、覚悟してよね?」
至近距離でアイドルばりの顔で見つめられてしまったら俺はもう為す術がない。
せめて、俺のお腹をさわさわする薫くんの手を拒否しないことが俺の返事として伝わってくれればと微かに思った。
****
「いってきます…。」
「あ、待って〜俺も出る」
薫くんの家からいつもの出勤スタイルで出た。
薫くんが一緒に暮らそうと駄々をこねて…、いや押しが強すぎて断れなかった俺の弱さにより薫くんと二人暮しをしている。
黒のショルダーバッグを肩にかけて、マンションを出た。
薫くんは相変わらずスタイル抜群の着こなしで街歩く人を魅了している。
今日は帽子を被っているらしい。
後ろから追いかけてきた薫くんと2人で並んで歩いたあとは、俺は会社に行くために駅に向かう。
「なまえ、また夜ね。」
「…うん。」
「ね〜そこはお仕事頑張ってね、とかじゃない?」
「…ええ…ここ外だし…」
「やだ。言って。」
「…………、ぉ、仕事頑張ってね…。」
「っうん!」
サングラスをかけてても分かるほど、薫くんが満面の笑みになったのがわかった。
仕事頑張るのは俺の方だろ、と自分にツッコミを入れつつ、そんな薫くんが少し可愛いなと思ってしまった。
「じゃあ…また夜に」
「いってらっしゃ〜い♪」
手を振った薫くんに、俺もふらりと手を振った。
恥ずかしい。ほんと。朝から汗が吹き出てしまった。
多分これは慣れることは無いと思う。
いつも薫くんの言動にどきどきして汗だくになる俺の気持ちを薫くんは知ってるんだろうか…。
電車の中で、ふとタイムラインを覗いた。
なんでもない様なツイートをスクロールしていると薫くんの5分前のツイートが現れた。
《いってらっしゃい♪》
の1言とアップされている写真。
「……っ?!」
俺の後ろ姿だった。黒のショルダーバッグを肩にかけて少し丸みのある体。左側の後ろの髪の毛が跳ねている。
か、薫くん……。汗がさらに吹き出て本当に薫くんにはいつもハラハラドキドキさせられっぱなしだ…。
帰ったら ダメ、って言おう…。
ああ、でも多分薫くんのことだから うんうんわかった〜とか言いつつ全然聞かないんだろうな…。
「もー…ほんと…」
愛が重すぎて困る。
でも、それを嬉しいと思う俺は薫くんが好きということを実感させられる。
口元が少し緩んだ。
電車の中でニヤけて気持ち悪がられないように、と我慢するので精一杯の朝だった。
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