01
うう…胃が痛い。

生徒で溢れかえる購買から這い出て、早足で目的地へ向かう。

あと2分。あと2分しかない。

階段を一段とびで駆け上がる。
何で俺がこんなに労力を使わないといけないんだろうといつも思うけど、誰かに言って解決するようなことでもないから仕方なく今日も動き回る。

軽音部の部室が見えてきた。

『あとちょっと…』

腕時計の針を気にしながらドアを開ける。

「おお、間に合ったようじゃの」

『か、買ってきました…』

少し乱れた呼吸を落ち着かせながら、手に持っていたものを朔間先輩に渡す。

「…カツサンドじゃないのう。」

『…え?…ええっ?!』

目の前にいる人の言葉を疑って、袋を奪い取り中を見る。

『カ、カツサンド…じゃない…?!』

「我輩はカツサンドを買ってくるように、と言ったはずじゃが…」

『あ…た、多分会計の人が間違えちゃったんだと思います…』

や、やべえ…何か目が笑ってないし嫌な予感しかしない。

『た、たまにはカツサンド以外もいいんじゃないですかね〜…へへへ…』

「ふむ。なまえの分際で…」

カツサンド以外も美味しいのに…。一言言ったら逆効果だった。

ああ、これはやばい。本当に。
もう吹っ切れて俺も本音を言う。

『毎日カツサンドってどんだけなんだよ!カツサンドにでもなりたいのかよ!って、いってえええ…!』

俺が喚いていると、スタイル抜群の長い長い足が膝裏に飛んできた。

足蹴りをお見舞いされて床に膝をつく。
地味に痛いし、カツサンド如きに当たられる自分を考えると虚しくて泣けてくる。

『くっそ…、毎日毎日…』

涙目になりながら俺のお尻に足をのせる朔間先輩を睨む。

「毎日パシられているのに、中身も確認せず間違えるとは、とんだバカじゃのう。」

ニヒルな笑みを浮かべた朔間先輩に、もう絶対こいつの言う事は聞かない!と心に決めたところでドアが開き大神が入ってきた。

「ああ?またやってんのかよ。うるせえな。」

『大神いい…。俺を助けてくれよお…。』

朔間先輩はカツサンドじゃなくても食べるのか俺を踏みつけていた足をのけて、袋を持って棺桶の方に戻っていった。

「はっ!知るか!俺は忘れ物を取りに来ただけだ!食堂に食いに行くしすぐ帰るぜ」

『まじで?俺も食堂行くわ。じゃあね朔間先輩。』

へばりついていた床から立ち上がり制服についた汚れを払う。

逃げるように大神の後ろについて部屋を出ていこうと足を踏み出せば、なんとも乱暴に襟足を捕まれ後ろへ引っ張られた。

『ぐえっ!』

カエルが潰されたような音が喉から出た。

なんなんだよ全く、と後ろを見れば当人は当たり前のように腰に手を当て仁王立ちをしている。
若干、逆光でキラキラして見えるのが元々の綺麗さに相まって憎い。

「我輩の許可もなく何を勝手に出ていこうとしとるんじゃ。お前はここで食べるんじゃぞい」

『はあ?俺食堂に食べに行くんで…』

「わんこ、こいつはここで食べるからの。」

「好きにしろよ。俺は別にみょうじと食べる約束もしてねえしよお」

『はあ?!おい、大神!お昼は俺と一緒に食べるって約束しただろ?!な?!』

話を合わせろ!と目で訴えるものの全く空気を読まない大神は「そんな約束してねえだろ。」と言って出ていってしまった。

『…俺、お昼買わないとないんで。』

「お前が買ってきたやつを食べればよかろ。」

『はあ??じゃあ朔間先輩は何を食べるんですか?』

「クククッ、転校生の嬢ちゃんからもらった手作り弁当があるのじゃ」

『ちょ、元々食べるのあったのかよ!ならパシる必要なくないですか…まじで損した…』

「弁当があろうとなかろうと関係ないぞ。おぬしは我輩の手となり足となり動く定めなのじゃ。」

早く座れ、と言わんばかりに俺の尻をパシッと叩いてきた。

『うわあ…』

俺の平穏なお昼を諦めて、部屋の一角にある椅子に腰を下ろす。

いつからこうなったんだろう。いや、もうずっと前だ。というより物心つく前からこんな関係だったのかもしれない。

所謂幼なじみに部類される人間であるはずなのに真緒とは扱いが違う。

非常におかしい。

小さい頃、俺と真緒と凛月と仲良く遊んでいると必ず朔間先輩から呼び出されていた。

そして2人で遊んで楽しかったはずなのに。

当初は 零くん、零くんと兄のように慕っていたはずなのにいつからか、いじめっ子でガキ大将のイメージにすり変わっていた。

転けて泣いたらそんなことで泣くなと蹴られ、真緒たちと遊ぼうとするとお前はこっち、と無理やり朔間先輩と遊ばされ。

小学生になるとランドセルを持たされたり、膝カックンをされて泣かされたり…思い返せばつくづくいい思い出がない。

いや、僅かにあるとすれば本当に気弱な俺がクラスの奴らにからかわれたりした時にやり返してくれたことがあった。

その時だけは零くん、零くんと泣いて安堵した記憶がある。

いまや…、暴君のように俺を召使、いや奴隷扱いだけれど…。

俺以外の人間にそんなひどい扱いをしているのは見たことがない。

俺だけ、なぜか扱いがひどいのだ。全く理解できない。

そんな暴君に付き合う俺も俺だけど、結局あとの返しが怖いだけなのだ。反抗したら何されるかわかったもんじゃないから弱い俺は言いなりになっている。

しかも最近は面白がって、やたらと尻やら腰やらを触ってくる。思春期の中学生じゃないんだから、と無視しているが本人は楽しいのかクツクツ笑いながらさも当たり前のようにしてくるから本当に困っている。

誰かこいつを止めてくれないかと思うくらいだ。

「我輩を無視とはいい度胸をしておるのう…」

しまった、考えすぎていた。何かを話していたみたいだけど全く耳に入ってきてなかった。

『あ…や、今日凛月が珍しく体育の授業出るって言ってたから…』

取り敢えず凛月の話題を出して難を逃れようと試みる。

「ほう…凛月の体操服姿か…貴重じゃのう…♪」

よしよし、いい感じだ。

『今日はグラウンドだから、見えると思いますよ。午後だから朔間先輩は寝てるだろうけど…』

「凛月が出るなら頑張って起きておこうかのう」

「それよりも、凛月は名前で呼んでおるのになぜ我輩を朔間先輩と呼ぶのかえ。」

『…凛月とは仲がいいからじゃないですかねえ』

唐突に何も言わずに留学していった先輩を思い出してしまい、そんなことを聞いてきた朔間先輩にひねくれた回答をしてやった。

俺は何も言わないで離れられるほどの軽い存在だったんだろう。仮にも幼なじみだと思ってくれていたなら、何か一言でも言って行けばいいものを…

まあ、戻ってきたら、きたで更に俺の扱いがひどくなってるから嬉しいのかどうかは別だけど。

「我輩とは仲が良くないとでも?」

『さぁ…知りません…。ごちそうさまです!教室戻ります。』

これ以上訳の分からない会話をしてられないと思い早々に腰を上げた。

「待て」

座った朔間先輩から上目遣いで見上げられ、掴まれた手首に全神経が集中する。

「我輩を置いていくでない。ここにいろ。」

何を言ってんだか。置いて行ったのはどっちだよ。

ため息をついて元に戻る。たまに甘えたように駄々をこねる朔間先輩に付き合う俺も俺なのか。

満足そうに転校生の作った弁当を食べる先輩を見て、こんな日常ってどうなんだと自問自答した。

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