03
自分より年下の相手なら、かわいいなあと思ってしまうのも自然だと思う。

現に、軽音部の部室で大神のカバンの中に入っていた犬用のボールで遊びあっている賑やかな葵兄弟に頬をゆるめられずにいられるだろうか。

いつも仕掛けてくるいたずらには困りものだけど、こいつらも可愛いところがあるんだなあと思いながら、微笑ましく見ているとひなたがやってきた。

「なまえ先輩も一緒に遊びます?」

『え?いやいや、俺は見てるだけで楽しいよ』

「いいじゃん!ほらほら、キャッチボール〜♪」

そう言ってボールを、ぽんっと投げたものだから反射的にとってしまう。

『楽器があるのに…ったく』

周りに支障が出ない程度に軽く投げてひなたのキャッチボールに付き合う。

「ねえ、なまえ先輩、今日は軽音部の活動の日なのに朔間先輩いなくないですか?」

『ん〜?どうなんだろ、棺桶の中にでも入ってるんじゃない?』

「でもさっき色々してみたけど反応なしでしたよ〜?」

色々ってなんだ、色々って。葵兄弟のする色々は良さそうなことではないと断言できる。

いないのか、朔間先輩。

『まあ、俺的にはいなくて丁度いいし、部長不在ってことで帰っちゃおうかと思ってるんだけど…』

そもそも軽音部に入ったのも自分の意思じゃなくて、朔間先輩に無理やり入れられたようなもんだし。

朔間先輩がいないなら、俺にとってはこれほど良いことはない。

最近の朔間先輩は絶対おかしい。この間のキス…だって、朔間先輩に気圧されて流されるまま従ってしまったけど、男同士であんなことするなんておかしい。

…でも朔間先輩のあれは今に始まったことじゃない…。小さい頃から何かあればたびたび頬やおでこにキスされてたのは覚えている…。何の意図があったのかは知らないけど朔間先輩の家は独特だし、それが普通なのかと思って受け入れてきたけど、さすがにマウストゥーマウスはおかしいと俺でもわかる。

何で朔間先輩があんなことしたかなんて俺に分かる由もない。だってあの人は常人じゃないからな…。

あんなことがあっても、その後は普通にいつも通りの朔間先輩だったし…考えるだけ無駄なのか…。
いつものおふざけなのか…。

少し考えながらキャッチボールをしているとミスってうまくボールが取れず、俺の指をかすめて後ろへ飛んでいった。

うわ、楽器に当たらないかなと心配して慌てて取りに行こうと振り向くと寝起きなのか少し眠たそうな朔間先輩がボールをキャッチしていた。

「あれ?朔間先輩、いたんですか!?あれだけやっても反応なかったのに〜!」

「おはよう、ひなたくん。賑やかじゃから目が覚めたぞい。それと、部活に参加したくないという声も聞こえてのう。そんなことを言う部員は誰かと思って…」

『え…』

おいおい、ひなたとの会話全部聞こえてたっていうのか?

赤い目をこちらに向けて微笑む朔間先輩にかなり嫌な予感がしてひなたとゆうたに助けを求めるように見るも、ひたなもゆうたも目を逸らして合わせてくれない。

『お、俺、急用思い出したんでちょっと…』

置いているカバンを持って部室から出れば俺は助かるはずだ。頭の中で自分のやるべきことを把握してカバンの元へ行こうとしたら背中に、バチンッと強い衝撃が走った。

『いっつぅ!』

驚いて後ろを向くと肩を回しながら「うーん、いい運動じゃ」とすっきりしたような顔をした朔間先輩が見えて、本気でボールを当てられたのだと気づいた。

「うわ、なまえ先輩いたそー…」

後輩に苦笑いされるほどまじで投げやがったのかこの人!

『くっそ、いてえ…』

じんじんする背中の痛みを感じて生理的に涙が滲む。

『大体俺、楽器できないし軽音部にいる意味ないし…帰ってもいいじゃないですか。』

「ククク、どうしたなまえ、涙目じゃぞ?」

『っ、誰のせいだと思ってんですか!』

「うむ…なまえのせいかの。」

『はああ?!』

本当にこの暴君は好き勝手し放題だ。じんわりとした痛みを感じる背中に顔を歪ませていると朔間先輩は近づいてきて、俺の手を取った。

「弾けないなら我輩が教えてやろう」

『ちょっ…』

俺の腕を引いて椅子へ座らせ、ギターを俺に手渡してきた。ひなたとゆうたはキャッチボールに飽きたのかお互いで楽器を弾きあって完全に2人だけの世界に入っている。まずは持ち方から教えてくれるのか、俺の後ろに回り込んだ朔間先輩は後ろから俺の指を触って位置を直した。

「ここの指は、この位置において…」

背後から回される腕に、まるで後ろから抱きしめられているような感覚に陥って少し心拍が早くなる。
顔がすぐそばにあるおかげで朔間先輩の匂いが鼻を掠めて、もっと心拍が早くなった。

どうしたんだ俺は。朔間先輩が近いだけでこんなにもドキドキするなんて。

『…っ、教えるなら別に後ろからじゃなくても…。』

とにかく近いから早く離れてほしい。赤くなってしまった耳は見られてないだろうかと気になりながら朔間先輩に離れるようやんわりと言ってみるも、全く動く気配がない。

「物わかりの悪いなまえにはこうやって教えるのが一番じゃろう。前から見ても分かるまい。ククク…」

言ってることとやってることがおかしいんだよ。この人は…。何でそんな俺を貶したようなこと言ってるのに、俺の指を触るその手はそんなに優しいのか、問いただしたくなる。

朔間先輩はたま〜に優しい時があるけど、最近はその優しいときが増えた気がする。

俺の指に触れる朔間先輩の手は大きくて、温かくて、包み込んでほしいと思ってしまいそうなくらいだ。

いつもひどいのに、そんな朔間先輩を見ていると、俺はどうしていいか分からなくなる。

優しいその手触りが気になって、朔間先輩の言葉なんか頭に入ってくるはずなかった。

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