08
『あち〜』
「俺も。汗がやばい。久しぶりに本気だしたわ〜」
『真緒は無駄に運動神経いいから困る。俺もう疲れすぎてヘトヘト…』
「おい、無駄にってどういうことだよ」
『そういうこと。』
俺と真緒は笑いながら、汗で湿った体操服をパタパタさせて教室へ向かって歩く。
垂れる汗を首にかけたタオルで拭いながら、一刻も早く制汗剤でスッキリさせたくなり、自然と進む足が速くなる。
「あ、なまえ。」
『ん?』
「ほら、あれ。朔間先輩。」
『朔間先輩〜?』
真緒が指差す方を向けば、朔間先輩がこちらへ向けて手招きをしている姿が目に入った。
『何してんだろ。』
「なまえを呼んでるんじゃないか?」
真緒は先に教室に行くと言って、歩いていってしまった。
この後は昼休みだし、後で着替えることにして朔間先輩へ近づいた。
「随分と汗だくのようじゃのう。」
『体育だったんで…、どうしたんですか?』
朔間先輩は手に持っていた袋を俺に見せてきた。
「いつもなまえに買ってきてもらっておるからのう。今日は我輩が買ってやったぞい。」
『え…』
まさかあの朔間先輩が俺のために昼飯を買ってくれただと?
自分の耳を疑ったが、朔間先輩が見せてくれた袋の中を見ると確かに二人分の昼飯があってびっくりした。
朔間先輩は頭でも打ったんだろうか…
俺は信じられないというような顔をしていたのか、朔間先輩は俺の顔を見てふわりと笑った。
「なまえも体を動かして、腹が減ったであろう?早く着替えて部室へおいで。」
『へ…?』
どうした…?朔間先輩が異様に優しいぞ?!
本格的に朔間先輩の頭が心配になってきた。
いつもは俺を見るなり首根っこ掴んで言いたい事だけ言って去っていくのに…
なぜ今はこんなに優しいのか…
まあ、朔間先輩が奢ってくれるっていうなら素直に従おう。
早く行けと急かす朔間先輩に押されて、俺は一旦教室に戻ることにした。
歩きながら最近の朔間先輩について考える。
なんで気持ち悪いくらいあんなに優しいのか…。
いや、最近たまに優しいこともあるけど今日ほど目に見えて優しいときはなかった。
何か嬉しいことがあったんだろうか。
それにしても、部室って今日も朔間先輩と2人きりなんだろうか。
誰か他にもいてほしいのが本心ではある。
ひなたとかゆうたとか大神とか…いないかなあ。
ここ最近は朔間先輩と2人きりになることが少し気まずいというかむず痒いというか…
2人だと、朔間先輩はいきなりキスしてきたりするからな…
結局有無を言わさない朔間先輩に流される俺が悪いんだろうけど、冷静に考えてみれば絶対おかしいだろ!
まあ、朔間先輩は最初から可笑しいから「普通」は通用しないのは身をもって経験しているが…。
なんせあの三奇人の1人でもあるし…
真剣に考えているとあっという間に教室についていた。
教室で体操服から制服に着替えて今度は部室へ向かう。
向かう間も頭の中はずっと朔間先輩のことだ。
最近キス以外にもやたらと体に手を這わされてくすぐったいのだ。
何なんだろうか、本当に。朔間先輩はキス魔なのか。誰彼構わずキスするだろうか…。
あれ、少し胸がモヤモヤする。
少し不快感を感じたところで部室に着いた。
ドアを開けてみれば、朔間先輩がすでに食べているところだった。
「遅いからもう食べておったぞ。」
『はーい。本当にこれ食べていいんですか?』
俺も朔間先輩の向かいの席について購買で買った弁当を指差す。
「日頃の褒美じゃよ〜」
食べるのに邪魔なのか、片耳に髪をかけて食べる朔間先輩は妙に色っぽい。
『…何かいい事あったんですか?』
「はて…とくにないぞえ。」
いい事があったわけではないのか。ふーん、そうですか。と適当に返事をして俺も弁当を食べる。
やっぱり購買の弁当は美味しい。体育の後ということもあって飯がとても美味い。
もぐもぐ食べていると朔間先輩の手が俺の顔へ近づいてきた。
「米粒がついておるぞ」
朔間先輩はくっくっく、と笑いながら俺の唇の横についた米粒を取ってパクッと食べた。
えっ?!それ食べるのか?!
普通の男子同士では考えられないような、まるでカップル同士で行うようなものが今目の前で繰り広げられた気がしたんだが…。
「どうしたのじゃ?ぼーっとして。」
『…はっ!え、いや…別に…』
おいおい、朔間先輩はいつからそんな感じだったっけ?!いや、最近になって距離感が近いというかパーソナルスペースにいつも居座っているというか。
ま、まさか…朔間先輩って俺のこと…好き…なのか?!
好きなら…今までの数々の行為も頷けるような…?!
急に心臓がドキドキしてきて、パッと顔を上げて朔間先輩を見る。
朔間先輩が俺のことを好きとかそんなことを考えていたせいで顔を見るだけで熱くなっている。
お、落ち着け俺。平常心だ。平常心でいろ。
朔間先輩は落ち着いて普通に食べてるところからして、とくに緊張しているわけでもなさそうだ。
ということはやっぱり俺のことは別に意識してないんだろうか…?
ああ、もうどっちなんだと悶々としていると朔間先輩はこちらを見て首を傾げた。
「なまえ、顔が真っ赤じゃぞい?熱でもあるのかの…」
いや、顔が赤いのは貴方のせいですよと言いたいが言えるわけない。
朔間先輩の手が俺の額に当てられた。
少し冷たい手のひらが気持ちいい。
「んー、熱はないようじゃが…」
パッと手を離した朔間先輩は、ずいっと身を乗り出して今度はおでこを俺の額にくっつけてきた。
急接近した朔間先輩に直視できなくて視線を下にやる。
「なまえ…」
名前を呼ばれて視線を元に戻すと朔間先輩の瞳と合わさった。
こ、これは…いつもの流れでは…?
キス…される…!
意を決してぎゅっと目を瞑るが、しばらくしてもなにもない。
あれ…?とそろそろと目を開ければ、触れる寸前の位置にいる朔間先輩が楽しそうに口角を上げていた。
「キス、されると思ったかの?」
囁かれたその言葉に全身が熱くなって、その後羞恥と憤慨が混ざったような気持ちが溢れてきた。
『〜〜!!!』
恥ずかしくてとにかくこの場から立ち去りたい。
弁当をガサッと持って立ち上がろうとするも、朔間先輩は俺の手をしっかりと握っている
「まあまあ、ゆっくりしていくんじゃよ♪なまえ」
前言撤回。
こんな人が俺のこと好きなわけない…!
遊びでからかっている、やっぱりそんな人だ!
鼻歌でも歌い始めそうなほど上機嫌の朔間先輩を睨むも、涙目であろう俺の睨みなど全く効くわけもなく泣く泣く俺は浮かした腰を元に戻した。
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