12

俺の視線の先にいたのはあの忌々しい朔間零だった。

立ち尽くしている俺を見つけて、まるで「やっほ〜」とでも言うように手をぶらぶら降っている。

ふざけんな。やっほ〜じゃねえよ。

いや、やっほ〜なんて1度も言われてないけども。

とにかく俺の顔は更に引き攣り、踵を返して今度は来た道を逆走する。

何でって、そりゃアイツが手を振りながらこっちに来たからだ。

誰のせいでこんなことになってると思ってんだよ。俺は今にも泣き喚きたい気分なのに。痛いヤツになるからそんなこと絶対しないけど。

「…っはぁっ、は、」

引きこもりにかけっこはキツすぎる。
こちとら伊達に引きこもりを極めてるわけじゃない。

すぐにまた息切れする肺と動きたくないと叫ぶ脚にとりあえず近くの空いてそうな部屋に入り込んだ。

入る時に、準備室という文字が見えたのでなにかの物置なんだろう。

とりあえず扉を閉めて、隠れられそうな物陰に身を潜めた。

ズルズルと壁伝いに座り、乱れた息を整える。

「っも、最悪…。」

膝に顔を埋めて、さっきまでの出来事を頭の中で再生した。

どう考えてももう、教室に戻ることなんてできない。だって親切にしてくれたのにあんな…

皆からは意味不明な行動で教室出ていったヤツと思われてるだろう。

「無理…無理無理無理無理…」

ああ、また同じ繰り返しだ。
どうせ、また家に帰ったらもう出なくなるんだろう。

我ながら情けなくなってきたのと悔しさと憤りと、ごちゃごちゃになって今にも喚きたくなる。

むしろ泣き喚きたい。世界に俺1人ならそんなことしても誰にも見られないから可能かもしれない。

なんて思いながら必死にこのごちゃまぜの感情に溢れ出そうになる涙を堪えていた。

「見ーつけた。」

低い安定感のある声が俺の耳に聞こえてきた。
それもすぐ上から。

バッと見上げると、あの朔間零が俺を見下ろしいた。考え事をしていて全く音が聞こえていなかった。

「虐められでもしたかえ?」

俺の目線に合わせるようにその長い足を折って朔間零はしゃがみこんだ。

多分俺が涙を堪えているのを見て虐められたと勘違いしたのだろう。

勘違いもいいところだ。全部お前のせいなんだ。キッと睨むように朔間零を見た。

「はて…今は授業の時間じゃが?なぜここにおるのかえ?」

「…あんたには関係ない。」

「あんたじゃなくて我輩には朔間零という名前があるんじゃが…知っておるか?」

要は名前で呼べということなのかその間接的で煽るような言いぶりにイラッと来て吐き捨てるように返す。

「知るか。あんたの名前なんて知らないし、知りたくない。」

「はいはい、嘘つきは泥棒のはじまりじゃぞい。はい、ではちゃんと言ってみよー。さ、く、ま、れ、い。」

むに、と頬を掴まれてリピートアフターミーじゃよ。と殴りたくなるような言葉が聞こえてきた。

「…。」
「言わんと離さんぞ。」

俺の頬を掴む力が強くなって、痛みが走る。俺がその手に手をかけて、離そうとしても離れそうにない。痛みで眉間に皺を寄らせながら口にしたくない言葉をいやいや絞り出す。

「…さくま、れい…。」

「はい、合格。」

ぱっと手を離されて痛みから解放された。己の口から出たその言葉にまたムカムカとした気分になる。

「その様子じゃ大方、耐えられず逃げ出してきた、ってところかのう?」

否定できなくて視線が床をさまよう。

「ちゃんと自己紹介したかえ?」

馬鹿か。あんな状態でできるわけないだろ。何でもかんでも完璧なあんたみたいに、平然とした顔で自己紹介できたら今頃引きこもってねえんだよ。

言えないけど。

言えないから飲み込むしかない。喉まで出かかった言葉を飲んで腹の中におさめる。

「ほら、自己紹介してみるんじゃ。」

「…意味が分からない。」

「まずは練習じゃろう?ほれ。」

「…馬鹿じゃねーの…」

せめてもの抵抗でボソリと呟いた言葉が聞こえたのかは分からない。

それでも朔間零は表情を変えずに続けた。

「僕の名前はみょうじなまえです。好きな物は朔間零です。」

お主の自己紹介はこうじゃろう?と首を傾げてニコリと笑う朔間零に絶句した。

カカカカッと顔が一気に赤くなるのがわかる。

「はあ?!ふざけたこと言ってんじゃねえ…!」

即否定しているに、顔が熱くて逃げたい。

ぶさけんな!何で俺の好きな物がお前なんだよ!自惚れんな!断じてお前のことなんて好きになったことなんて…ない…………、ない!

そう思うのに、目の前にいるコイツを追いかけていた過去の自分を思い出してさらに赤くなる。もう逃げたい、ここから出たい。

「おーおー、真っ赤じゃ。ふむ、嫌いじゃないぞえ?我輩トマトジュース好きじゃし。トマトみたいじゃ。」

未だにふざけたことをいうコイツにもう嫌になる。

「煩い!どっか行けよ!…俺のことはほっとけよ!」

「煩い猫じゃ。猫は躾が大変じゃからのう。」

うーん、困った困った。なんて言いながら俺の襟首を掴んでぐいっと上に引っ張られた。

「ほれ、立て。戻るぞい。」

無理やり立たされて物置の準備室から出させようとする。

「い、いい…!ほっといてくれ…!離せよ…!」

「離したらまた逃げるじゃろう?我輩が連れていってやるんじゃ感謝せい。」

感謝できる扱いじゃない。無理やりに引っ張られながら廊下をずるずると歩いていく。

向かう先は教室。もういっそのこと気を失えたら楽かもしれない。そんなことを思いながら引きずられる。

これを俗に言う強制連行という。