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「…や…ほんと…無理だから…」

葵兄弟の弟の方、ゆうたに手を引っ張られたけど俺の足は動くことを拒否した。

「大丈夫ですっ。1番良いところ取ってますよ♪」

何言ってるんだ、良いところってなんだ。俺はそもそもここに来るはずじゃなかったんだ…。

「っ、葵!ほんとに…っ、帰りたいんだけど…!」

メロディが遠くの方で聞こえてズンズンと重低音が微かに床から足に伝わってきていてる。

「ここまで来ちゃったんだから行きましょうよ!」

「ほんとに!ほんとに…!無理だって!」

もう見たくないんだよ、ライブなんてもの。
嫌だ、嫌だと引っ張るゆうたに逆らって体を引いた。計り知れない恐怖に涙さえ出てきそうだった。

お願いだからいじめないでくれと、無理やり連れていこうとするゆうたが怖く思えた。

「だいじょーぶ、だいじょーぶ♪」

ずりずりと引きずられてついにステージの上が見えるステージ裏に来てしまった。

声が、顔が、4人の姿がステージの横から見えた。すぐに目を逸らして床を見つめて、それから両手で自分の耳を塞いだ。

聞きたくない、見たくない、思い出したくない…っ!
耳を塞いで音を遮断する俺に、葵ゆうたは手を離して解放してくれた。

よかった、逃げられる。と思った瞬間、今度は床だけの視界にのぞき込むように転校生が現れた。

「っ…」

転校生が何か言っているけど、耳を塞いでいるから何を話しているのか分からない。口の動きが滑らかに動いて唇が弧を描いていた。

ぐい、と転校生の細い手が俺の腕を掴んだ。

「な、に」

女の子にしては割と強い力で引っ張られて俺は暗くて誰もいない通路に連れていかれる。どこに連れていかれるのか分からないまま通路を通ったあと1つの扉を転校生は開けた。

押されてその扉をくぐると、ぶわっと、熱い熱気が体を包んだ。頬にあたるその空気がすごくビリビリしていて俺は目を見開く。

耳を塞いでいた両手が自然と離れてしまう。途端に会場に響く歌声と音楽が頭に、体に伝わってぐわぐわと揺れるようだった。

ライブ会場の後ろ側のドアから出た俺は会場の熱狂ぶりに気圧されて1歩後ずさった。

とん、と背中を押されて後ろを振り向くと転校生は俺を真っ直ぐ見ていた。俺の腕を引いたまま、今度はステージ前まで歩いて行く。

「ほんとに…やめてくれって…」

口から出る言葉はか細くてこんな大音量で音楽が流れている中で聞こえるはずがなかった。

ぐいぐい引っ張られて、俺はついにステージ前にまで来ていた。観客席ではなく関係者席の位置に転校生は連れてきて俺を立たせた。

「どういうこと…っ」

転校生に抗議しようとしたのに、耳に響いた声に止められた。

『俺様のギターで骨の髄まで響かせてやんよ!ふははっ!』

大神の声がマイクを通して会場全体に響いている。

『皆〜、今日は俺のためにありがとう♪楽しんでいってね!君たちは俺のお姫様だからね♪』

『精一杯この歌声を届けるから…聞いてほしい。』

『…くくく、日が沈み月が照らすこの刻…我輩たちの歌をとくと聞くがよい!』

喉を鳴らして笑う音が耳に入った瞬間、びくりと肩が揺れる。目の前の、ステージ上で、マイクを手にして立つ姿を見上げて…過去のあの人が蘇ってきた。

『〜♪〜♪〜♪〜』

「……っ!!」

歌い出しの低い声、会場の隅々まで支配して歌う姿に息が止まりそうになった。

骨の髄に触れられたみたいに背中から身体中にぞわりとしたものが駆け巡った。

ああ…ああ…、あの人だ……

「………ぁ……」

見たくないはずだったのに、1度目にしてしまうともう離れなかった。俺はずっと朔間零だけを見ていた。

目を見開いたまま凝視する俺なんかに朔間零は気づいていないだろう。それでも俺は目が離せなかった。

大嫌いな、世界で一番大嫌いなあいつが今ステージの上で俺の目の前で、歌っている。

なんて最悪なことなんだろう。

最悪なことなのに、俺は過去のあの痺れた感覚を思い出して身体中が震え出しそうになる。

咄嗟に手を握りしめて、その大きすぎる熱気に飲まれないように耐えたのに、…もう遅かった。

俺はただただステージ上を見上げて突っ立っていた。動きたくても動けなくて、過去に歌う朔間零を見て衝撃を受けた時と同じようにただただ見上げていた。

憧れていた、あの姿。もう見ることはないと思っていたあの姿が目の前にある。

なぜだか少しだけ、泣きそうになった。