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あら、今日は学校行くのね。

「………。」

母親の嬉しそうな声に何も返さないまま、ぼそりとごちそうさまの言葉をこぼしてリビングから出た。

自分の部屋に戻って制服を着ると部屋着とは違う硬さ、締め付けに今から学校に行くと思うと倍増で気が重くなりそうだった。

でも…俺は学校に行かないといけない。
いつまでもあいつの掌で転がされたままでいたくないんだ。

あの忌々しい朔間零のことを思い出すとふつふつと苛立ちが込み上げてきて、それが俺を学校に行かせる気力になる。

「……朔間零め…。」

ああ、口に出すだけでも不快だ。

絶対学校に行ってやる、と思った反面、体は拒否をしているのかのそりのそりとした動きで出る準備をする自分に情けなくなりそうだったけど無理やり体を動かして玄関まで降りた。

靴を履いてドアを開けると久しぶりの登校に心臓がぶるりと震えた。


大丈夫だ…。大丈夫だ…。
別に、怖いものなんて何もない。ただ3日休んでただけだ。

教室に入っても、地味な俺は特に気にされない。たぶん。
大丈夫、大丈夫。

不安と緊張に押し負けそうになりながら重たい1歩を繰り返して学校に向かった。

学校に近づくにつれて夢ノ咲学院の制服が増えていく。それと一緒に俺の顔もどんもん下がって学校に着く頃には地面しか見てなかった。

俯いたまま、校門を通って昇降口にたどり着いた。

上履きに履き替える時も俯いたまま、なるべく顔を上げないようにして長い前髪で視界のほとんどを隠す。

まだ誰にも声をかけられていない。まぁ、俺に声をかけるのなんて青葉か仁兎か、鬼龍か…。とにかく多くはない。かなり少ない。

だから俺はスムーズに階段を登って教室に行くことが出来た。階段をあがって、3-Bの教室の前で一旦立ち止まった。

カバンをぎゅ、と握りしめてドアに手をかける。
触れたドアは指先から冷たく感じた。

開いた瞬間、教室の中の賑やかな声が聞こえてきて俯いたまま静かに静かに息を殺すようにそっと入った。

長い前髪の隙間から教室の中をちらりと一瞬だけ確認した。…あいつはいない。それだけで少しどんよりとした気持ちが軽くなった気がした。

中に入ってもその教室の音量は変わることがなくて内心ドキドキしていた俺は少しほっとした。

自分の席に向かってそそくさと歩いてカバンを机の上に置くと隣から久しぶりに聞く高い声が入ってきた。

「あ、おはよー。体、大丈夫か?」

俺の体を心配するその声は仁兎の声だった。
ちらりと前髪の隙間から仁兎を見るといつもと変わらず首を傾げて俺を見ている。

「……おはよ…。大丈夫…。」

2言だけ口早に行って席に着いた。俯くことは忘れずに。
別に体調不良じゃない。ただ行きたくなかっただけだ。でもそんなこと言えないから体が悪かったってことで良い。

それからも青葉が声をかけてきたけど、短く返答して俺は椅子に座ってじっとしていた。

背中を丸めて俯いたまま、頭の中では学校にきたという達成感でいっぱいだった。

あいつはきっと俺がこのまま来ないと思ってるだろう。でもそれを俺は覆してやったんだ。俺だってやれば出来るじゃないか…と今教室にいる実感を味わっていた。

ただ…もしあいつと出くわしたらどうしようというのも同時に頭の中で巡っていた。

まだ…あいつのことを考えるだけでライブの光景が目に浮かんでくる…。

その度に唇を噛み締めたくなる思いに苛まれて息苦しい。本音を言うと、あいつには出くわしたくない…。

あいつは教室にあまり来ることがないし、ずっと教室から出なければ会うこともないかもしれないと考えた。

そうしよう。お昼も教室から出ず、あいつに会わなければいい。


そう決めて俺は午前の授業も静かに黙って受けた。

授業中に生徒の会話や先生と生徒のやり取りが聞こえて周りが笑っても俺は笑わない。

じっと、口を結んでノートだけ見ていた。


午前の授業が終わって昼休みになった。
一人で弁当を机の上に広げてゆっくり箸を口に運んで食べる。

朝から周りに意識を起きすぎたせいでかなり疲れた。早く家に帰りたいと思っていると教室のドアが開いた。

クラスメイトの誰かでも入ってきたんだろうとちらりと目を向けて俺は箸を落としそうになった。

あいつが入ってきたからだ。

眠たそうな顔で入ってきたあいつと、固まったままの俺は前髪という視界のカーテンがあってもたぶん目が合ったと思う。

朝からあいつの顔なんて見たくないと思っていたけど、いざ顔を見ると俺の心の奥底で眠っていた感情が湧きあがった。

朔間零は俺のことをそっとしておけと言った。それは俺がどうせ引きこもると思って上から目線の言葉で言ったんだろう。

でも…俺は学校に来たんだ。一歩一歩歩いて。

どうだ、お前は俺が引きこもると思ってただろうが俺はそんなお前の考えを覆してやったんだ。

箸を持ったまま固まっていた俺は目を細めて、ふんと視線を外した。

ああ、朔間零は俺が学校に来たからびっくりしてるかもしれない。
あいつの驚く顔を見たらさぞかし楽しいだろうと盗み見るように横目であいつを見た。

あいつが俺を見て驚く顔を想像して目を向けた。

…でもあいつは俺をちらりと見て一瞥したあと、何事もなく青葉のところに言って、1言2言話して教室を出ていった。

「……っ!!」

………あ、あいつ……っ!

まるで興味のないような朔間零の目が脳裏に焼き付いて離れない。

俺が、だるい体を動かして学校に来たっていうのに…!あいつは俺を一瞥しただけで去っていった…!

俺の自尊心が抉られるようだった。
いつの日かあいつの一言で潰されたみたいにぐちゃぐちゃになりそうだった。

やっぱり…、やっぱりあいつは最悪だ。
自分がスクールカーストの頂点にいることにふんぞり返って自分の1言で人が引きこもりになろうが何も思わないんだ。俺の人生台無しにしたのに、あいつは何とも思ってない。

俺は、俺はこんなにも惨めな思いをしているのに…っ。

唇が白くなるほど噛んで荒くなりそうな呼吸を必死に止めた。


やっぱり学校なんて来るべきじゃなかった…。

ずっと家に引きこもってればよかったんだ。