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みょうじ先輩、元気ないですね…

「……別に…」


あの、私が無理やりあの時、ライブに、

「…違うよ…」

でも、あの時嫌がってたのに…

「ちが、っいって…」

一緒に裁縫している転校生の隣で俺も針と糸を使ってチクチクと手を動かしていた。

隣から話しかけてくる転校生に返答していると、針の先が指に刺さった。

血は出ていないけどチクリとした痛みに手をまじまじと見た。

はぁ…ため息を吐きたくなる。何でこんな時に限ってUNDEADのグッズ作成なんて…。

紫色のフェルト生地を持った転校生に半ば強制的に連れてこられた空き教室。

今日だって学校が終わったら即行で帰ろうと思っていたのに転校生に見つけられたわけだ。

俺はここ数日アイツを避けるように学校に来ても最低限の移動しかしなかった。まあ同じクラスだから会う可能性はあるけど…奇跡的にアイツとは顔を合わせてない。

もちろん部活にも行ってないし行く気になんかならなかった。だから今日も早く帰ろうと思ったのに、俺は転校生の手伝いで針仕事をしている。


これなら簡単だからみょうじ先輩もできますよ、と言われて渡されたのはコウモリの形をした紫色のフェルト2枚でそれを縫い合わせるという作業だ。

さっきからその作業をしているのにコウモリの羽はどんどん歪になっていく。転校生が型どった綺麗な羽の形は右上がりに引きつっていた。

無言で作業する俺に転校生はたまに話しかけてくる。

みょうじ先輩、顔色悪いですけど…眠れてますか…?

「…寝てるよ。」

…何かあったんですか?

「…別に何も無い」

……そうですか。

何もないよ。なんにも。ただ俺が1人で怒って喚いてそれからどん底に落ちただけ。それだけだ。
俺だけがどん底に落ちただけ。

重たいため息を吐いて縫い終えたコウモリに綿詰めをしてみた。

「……できた。」

自分の掌におさまる小さな紫色のコウモリ。フェルトでできたそれに紐を通せば完成…と言いたいところだったけどどこからどう見てもそれは羽が折れたコウモリ…、いや羽の形すら留めていない何かになっていた。


……みょうじ先輩…それは……。


分かってるよ。言われなくてもこんなの商品にも何にもできないし…。

「……ボツだな。」

歪なそれを机の上に置いて、反対に転校生の手の中にある綺麗な形をしたお手本みたいなコウモリを見た。

「家帰って捨てる…。」

俺は歪なコウモリをカバンの中に入れたあと、もっと簡単な紐をつける作業だけに専念した。



終わった頃には外が暗くなっていた。
転校生と別れて一人廊下を歩く。転校生はTrickstarのメンツに送ってもらうらしい。

聞いた時はふうん、って返しただけだったけど内心青春かよ、って僻む自分がいた。

別に他人のことなんて関係ないけど、青い春なんて来たことのない自分には僻むほかなかった。

…性格悪いのなんて昔からだ。ただ…アイツのせいで引きこもってからさらに悪くなった気がする。それもこれも全部アイツの……。いや…やっぱり元から生まれた時から俺が悪くて底辺だったんだろうか…。

考えれば考えるほど憂鬱になる。

昇降口に到着して靴を出した。

「おい、」

脱いだ上履きを持ち上げようと腰を折った時、声が聞こえた。見ると大神が立っていた。何時ぞやの時みたいに廊下と地面との差が俺と大神の身長差を広げていた。

「…なんだよ。」

見上げてちらりと見たあとすぐに目を逸らした。アイツを避けるのと同じく、大神とも話してなかったからだ。

「こんな遅くまでレッスンか?」

「……転校生の手伝いだ。」

「ふうん…。…つーか、何で部活来ねぇんだよ」

「……別に」

「別にって答えになってね〜し。」

「…お前に関係ないだろ。」

「…俺様と話したあとから部活にも来ねぇし昼も教室に居ねぇし何かあったのか気になるだろーが!」

「…何もない。」

「じゃあ来いよ。吸血鬼ヤロ〜も何も言わねぇしよう。陰気な空気でむしゃくしゃしてやってらんね〜んだよっ!」

吸血鬼ヤロ〜という言葉にドキリとした。

「この間のライブの後だってダメ出し食らったし、俺様は練習したいのにあんな空気じゃ俺様のギターが泣くぜ」

はぁとため息を吐く大神に本当にこいつは真っ直ぐ目指したいものを目指しているんだろうな、と思うほど熱意が伝わってきた。全てにやる気がない俺とは違うその熱意が眩しい。

「…だからよ。こんな空気になってるのがこの間話してからだから、俺様のせいだったらって思って…悪かったなって…」

口元に手を当てて少し悲しそうにする大神に俺はびっくりした。何でお前がそんなことまで気にするんだ、と。

お前のせいじゃなくて俺がただ…一人で沸騰してただけなのに。

大神は別に…何も悪くない。むしろ…俺はお前が頑張って練習してステージの上で一生懸命歌ってた姿を…見てない…覚えてないって言ったんだ…。

そんなこと、ステージに立つ側としては侮辱以外の何ものでもないかもしれないのに…。

真剣に悩んで自分のせいだと考える大神に俺は悪いことをしたな…と思った。だからせめてもの償いで伝えようと口を開いた。

「…この間のライブ……。覚えてないわけじゃない…。……ステージの上で歌ってるお前…迫力あって…。」

ぼそりぼそりと喋った言葉は上手く通じてるか分からないけど大神はじっと俺を見ていた。一つ下のこいつに、自分のせいだと気にするこいつにちゃんと、伝えてあげようと思った。

「…かっこよかった、と思う…。だから…お前には…これをやる…」

カバンの中に手を入れて引っ掴んだものを大神の前に突き出した。

「…なんだよこれ。」

大神の手に渡ったのは歪な羽の形をした紫色のコウモリ。右上がりに引きつった羽のコウモリは不気味だ。

「……ゴミ。」

「はぁっ?!」

「…捨てるやつだから。」

「捨てるやつ俺様にあげるのかよ!」

「…頑張ったご褒美だ。」

「いらねーし!……これ、お前が作ったのかよ。UNDEADのやつか…?」

「…俺が作ったのはそれだけだ…。あとは全部転校生が作ってる…」

「これじゃ不気味すぎて子供だと泣くレベルだぜ」

「捨てるやつだし好きにしてくれ…。…俺は…もう帰るから…」

履き替える途中だった靴に足を入れて、カバンを握り直した。

「…明日は来いよ。部室。」

「………。」

何も言えなかった。行くとも、行かない、とも言えず じゃあ…、とだけ言って俺は大神から逃げるように外に出た。


帰り道、大神の手に渡ったコウモリを思い出した。

渡してしまった。あの歪なコウモリを。伝えてしまった。かっこいいと。

アイドルなんて嫌いなのに、関わりたくなかったのに。

真っ直ぐ上に向かって走る大神を見ているとその気持ちが少し小さくなった。

応援…したい…とほんの少しだけ思った自分がいた。