ラストソングを止めないで
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夜に似つかわしくない激しめの曲が流れ出す。それは、スピーカーを通じて部屋に広がり、壁から跳ね返った音が耳に届く。
作業の邪魔をしない程度の音量に合わせていたラジオの音量を少し上げた
耳への刺激を強めても、音楽はペンを握る手の力を緩めさせ、俺を眠りの世界へと誘い、惑い、脅かす。抗う力も虚しく叶わず、重くなる瞼を数回擦った。汚れでも入ったのか瞳が少し痛い。
「エリー」
顔をあげると開け放った扉の前に男が立っていた。暗い夜には眩しすぎる廊下の電灯に照らされた黒髪は、彼の顔に影を落とす
「ミシェルか。何の用だ」
「作業中の話し相手にでもなってもらおうと思って。このままじゃ寝ちゃいそうで」
少しだけ申し訳なさそうに「いいかな」と確認をとる彼に「構わん」と返すと、笑顔で礼を述べて部屋に足を踏み入れた。普段よりは少なめの───それでも多いが───紙束を抱えた男は、いつものようにソファに腰を掛けてさっさと作業に移った。
ふと、そのソファを気に入っているらしい友人の姿を思い出すが、彼は今頃このソファよりも寝心地の良い布団に包まれている事だろう
「何流してんの」
「ラジオだ。耳障りなら切るが」
「ううん、流しといていいよ。俺もその曲好きなんだ」
「俺はこの曲初めて聞いたよ」
そう答えると、ミシェルは作業の手を止めて顔を上げた。
驚きの色を見せたその顔で「流行ってるのに」と呟いた。これがジェネレーションギャップっていうやつだろう
「さっきの歌の歌詞大好きなんだ」
「作業の手が止まってるぞ」
「いいのいいの。少しぐらい。話してなきゃ俺ここで寝ちゃうよ」
夜は毎晩のように資料に追われ、昼は討伐の依頼に走り回り、いったいこいつは、いつ寝ているのだろうか
不眠の呪いでもかけられているのだろうか
「寝たら置いていくから寝ていいぞ」
「エリーはそんな事しないの知ってるもんね。だから来るんだよ」
「どうだか」
笑った彼につられて少し鼻をならした。
先程のラジオは終わりを告げ、次の番組にうつったようだった。しかし雑音と言っても過言ではないその声の大きさに嫌気がさして、電源を落とした
「あれ切るの」
「好きじゃない話し方をする奴なんだ」
「他の周波拾えないの」
「やったことないな。こいつを出したのも久々だし」
ペンを置いて席をたったミシェルは、此方に近付いてきたかと思うと、机の上のラジオを持ち上げた
「音楽魔法かけていい?」
「音魔?」
「んー音楽流せないかなと思って」
音楽魔法とは、本来眠りや魅了を誘うものとして扱うそこそこ低級の魔法だ。これを極めると治癒の効能をもてたりするらしいが、あまり興味がないので詳しくない
「壊すなよ」
壊すわけないでしょと答えられた。
古い物だから少しの衝撃で壊れる可能性がないとはいえない。まぁ特に思い入れがあるわけでもないので問題はない
暫くすると、歌うように詠唱をするミシェルの声に合わせて、先程の音楽がまた流れ出した。
「さかなパレードだったか」
「さよならファンファーレだよ」
これでいい?と聞いてくるので、なんでもいいと返す。
それにしても、ファンファーレとは本来「短い華やかな楽曲」という意味だった気がするが、俺は「さよなら」に華やかな印象は抱いた記憶はない。
「エリー?手が止まってる」
「…すまん。考え事をしていた」
「もう寝たら?」
「一刻もはやくそうしたいものだな」
『さよなら、ばいばい、好きだった
僕の吹くトランペットが聞こえるかい
海辺で吹いたら波に流れて届くだろうか
空の近い丘で吹いたら流れ星になって、君の目にうつるだろうか』
ありきたりな歌詞が、いやに耳につく。
「音が星になるって、素敵だと思わない?」
お互い作業の手は止めない。
汚い字の羅列と耳から入る雑音で、頭は処理が間に合わずよく働かない
「オーヴァチュアの意味、エリーは知ってる?」
「開始とか序曲とかそういうのだろ」
「うん。つまり、俺たちは音の始まりの島にいるって事じゃん」
臭い歌詞にあてられたコイツの頭も、今は眠気に勝つ為とは言え、だいぶ臭い内容で埋め尽くされているのだろう
「始まりがあるってことは、終わりがあるよね」
「終わりの島があるかは知らんが、永遠は存在しないだろうな」
作業の手は、止まることを許さない。
この永遠に思える作業でさえもいつかは終わりがあるのだ。俺らはその「いつかの終わり」を前にして、必死に足掻く
『──────ングを、そのままに!』
歌は、いつのまにか変わっていた。
横目で覗くとミシェルはえらくご機嫌に身体を揺らしてリズムをとっている
残念ながらまた聞いたことのない歌ではあるが、先程の音楽よりも、リズムが俺の好みだ。
『この声が枯れ果てるまでなら
俺は歌っていられるから
どうか少しだけ、もう少しだけ』
「ラストソングは止めないで!」
突然そう叫んだ少し高めの彼の声は、人気のない部屋に広がり俺の鼓膜を揺らす。
「夜中に叫ぶな」
「ごめん、癖で…」
照れ笑いを浮かべながらも手元を動かし続ける彼は、大きいくしゃみを溢す。くわえてズルズルと鼻をすするので、ティッシュの箱を投げた。
「トランテスタは年中寒いんだろうが、オーヴァチュアだって、もう夜は随分冷えるんだからな」
「ごめん、風邪とかではないんだろうけど」
「膝掛けくらいなら、そこらへんの棚から勝手にとってくれ」
「準備周到だね。冷え性だっけ?」
「俺が寝る用」
そう言うとミシェルは「こんなとこで寝てたら体壊すよ」と少し心配そうに言うので「お互い様だろ」と返すと「そうだね」と笑った。
「ね。どっちが、先に寝れるか勝負しよ」
「それは仕事を片付ける勝負か?寝落ちる勝負か?」
「どっちでもいいよ。俺たちは、少し頑張りすぎだ」
「…そうだな」
それならいっそ、今すぐにでも目を瞑ってしまいたいものだ。
だが、そういうわけにもいかない。今此処で寝れば、明日の俺が苦しむだけだ
『ラストソングを、そのままに』
ラストソング、それは終わりの歌という意味であっているだろうか。
『─────ソングは、止めないで!』
この曲が止まる頃、ミシェルは眠りにつくだろう。術者が眠れば、こんな音楽のループ再生の下級魔法が発動し続けるのは不可能だ
「エリー」
「なんだ、ミシェル」
顔を上げた彼と目が合う。眠そうな半開きの瞳とあった俺の顔もきっとあんな顔をしているのだろうな
「へへっ。がんばってね」
音楽は、案の定止まった。
ガン、と頭を机に当てた彼はえらく幸せそうな寝顔でヨダレを垂らして紙束を濡らした
「お前もな」
仕事が、またひとつ増えてしまった。
今夜はまだまだ眠れそうにないな
20181016
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