もし仮に例えば


「ひとつ、お前に質問がしたい」

魔物の血が、地面に少しずつ吸い込まれていく。
血生臭さが風に乗って鼻腔をくすぐるが、もうすっかり慣れてしまった異常なその臭いに、いちいち顔色など変えていられない

「まさかルシオールに入らないか、とかじゃないよな?お断りだぜ」
「そんな話じゃないさ」
「ふーん」

片眉を挑発的にあげて軽く話を流そうとする男は、短い前髪を風に揺らしながら遠くに目線をそらした。その視線が見つめるものがなんなのか、俺には皆目見当がつかない。

「ちょっとこっち来て」
「早く帰った方がいいんじゃないの」
「時間はとらねぇから」

ここは、風の強い高い丘の上だ。丘というよりほぼ崖だ。その端に立って止まると、男もそれに倣った。
眼下に視線をうつせば遥か下の方に無限に広がる緑色。一面森の木だらけだ。俺にはそう見える。
だが、目の良い奴にはいくつかの村が見えるそうだ。まぁそんなことは今はどうでもいいのだ。既に、俺は目眩を起こしかけている
俺は、高所恐怖症とまではいかないが、高い場所は得意ではない。

「エリオルってこういう高いとこ嫌いじゃなかった?」
「だから時間はとらないと言っただろ」

男は隣で小さく笑った。馬鹿にしているのだろうが、今に始まった事でもない

「で、話って?」
「ん。たとえばの話だ」
「たとえばの話?」

少し、興味あり気な声色を出す。横目で俺を見ているのだろうが、生憎俺はそちらに向き直す元気がない。

「俺とロズリアが、この崖から落ちかけているとする」
「あぁ、どっちを助けるか、みたいなやつ?」
「物分かりがいいな。その通りだよ。お前は、どっちを助ける?」

どうにも耐えられなくて足を数歩うしろに下げた。立ち眩みでも起こして踏み外して本当に落ちたら元も子もない。

「なんでそんなこと聞くの?」

崖の方を向けていた体を此方に向け直した彼は、優しい色の中に鋭さを混ぜた瞳で、俺を捕らえた。

「ロズリアに聞かれたんだよ。お前と、ロズリア、どちらを助ける?って」
「俺?…で、なんて答えたの?聞くまでもなくお前の答えなんて分かるけどね」
「どちらも助ける、って言ったさ」
「やっぱり」

ふは、と大きく口を開けて笑いながら、男も崖から離れた。そして俺とゆっくり視線を合わせた

「どちらもは駄目って言われたんだろ」
「そうだな」
「んで、俺が死んでも二人は助ける、とか言ったわけだ」
「…聞いてたのか?」
「んなわけ!エリオルと何年ダチやってると思ってんの」

また笑った男は、ばふっ、と地に腰を下ろした。柔らかくもない土が、彼の制服の尻につくだろう
それに倣って俺も腰を下ろした。もうすっかり帰らなくては、なんて事を忘れている

「エリオルは俺がどう答えるか、わかる?」

首だけを動かして此方を見た男の青い目と、自分の瞳が交差する。青は、空や海を思い出す色だ。それゆえか、吸い込まれる錯覚に襲われて、つい目をそらしてしまう
そのずらした目線の先にも、青い空が広がっているのだが

「さぁ…ロズリアを助けるんじゃないか?」

きっとそうだ。
別に、こいつは俺の事が嫌いなわけではないだろう。しかし、ロズリア───いやこの世全ての女性───と俺を天秤にかけた時、きっとこいつは俺ではなく女性を選ぶ。

「そして、お前は俺にこう言うんだ」
「なんて言うの?」
「エリは自力で上がってきて、って」
「あはは!傑作。それいいね」

今までよりも、更に大きく高く笑い声を響かせる。その声は淡い青空に、静かに吸い込まれていく

「で。正解は?」
「エリオルので正解だよ」
「さっき、それいいねって言ったじゃねぇか」
「だってそんなの、その時にならなきゃ俺だって分かんないよ」

目線を彼の方に戻すと、彼の瞳はひどく切ない色を浮かべていた。苦しそうに眉を潜めて、そして、俺の方に身体ごと向けた

「でもエリ、さっきのお前の答えには、ひとつ間違いがある」

いやに真剣な瞳で見つめられた俺の瞳は、その目線から逃げることを忘れて、ただ見つめ返すしかできない。

「俺は、お前が自力で上がって来れるとは思っていない」
「俺も思ってない。俺は、そこで落ちて死ぬんだ」

今度は笑わずに、俺の目をジッと見たまま、彼は口をかたく結んでいる。
俺と男の間をぬるい風が通りすぎても、まだ沈黙は続いた。
耐えられなくなって口を開く

「結局、間違いってなんだ?」

ふぅ、と長めに息をはいて、それからゆっくり瞬きをして、彼はようやく俺から目線をそらした。

「ロズリアちゃんを助けて、エリに自力で上がってきて、って言う。そしてエリはそこで死ぬ…そこまでは正解」
「俺はそれ以上言ってないけど」
「…間違いっていうより、足りないんだよね」
「足りない?」

鼻を小さくならして、それからまた此方に首だけ傾ける。彼の青い瞳はイタズラに微笑みを浮かべる。

「俺はお前が落ちて死んだら、後を追うよ」

透き通った青は、苦しそうに歪んで、切なそうに潤んだ。
彼が言った意味が一瞬理解できなかった俺は、ひどい顔をしているだろうか

「後を追うって、」
「俺も、お前と死ぬって言ってんの」
「は?なんでお前が」
「エリをこの手で殺したあとに、俺に生きろって言うの?ひどくない?」

返す言葉が思い付かなくて唇を噛んだ。
すると彼は、ふっ、と口元を緩めて立ち上がると、尻をパンパンと叩いて砂埃を払った
目に入りでもしたら大惨事だと目を閉じる。すると同時にグイと腕を掴まれる感覚があって、次の瞬間には地に足をつき、立たされていた。

「これは、もしもの話だから」

ニッと笑って目を細めた彼に、軽い笑みを返す

「第一、俺もお前も崖から落ちるようなヘマしねぇだろ」
「お前が落ちたら笑ってやるよ」
「性格悪ィなあ!」

そういいながら、バシッと強めに背中が叩かれる。

「はやく帰ろ、エリオル」
「あぁ、そうだな」

先を行く友人に追い付くように、少し強めに地面を蹴った。



20181014

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