ぽっぷん☆しゅがー


店内は想像以上に甘ったるい匂いで満ち溢れていた。
少年少女らが好むだろう甘い匂いで、まだ店に入ってから十分程しか経っていないと言うのに、俺は既にただならぬ目眩を感じている
こんな空間にあと三十分もいれば、次に目が覚めた時はきっと病院の上だろう。そして見舞いに来てくれた可憐な少女が、ウサギ型に切ってくれた林檎なんかを俺の口に運んでくれたりするのだ。

「お前なんか顔色悪くない?」

清潔感のある純白の机を挟んで向かい合う形で前に座った友人が言う

「女性と行く時もそんな顔してんの?」
「まさか。女の子と行く時はちゃんとシャキッとしてるさ」
「じゃあ今もシャキッとしろよ。店内はお前の好きな女の子だらけだぞ」
「今日の俺はオフだからいいの。それにエリの前でまで取り繕ってたりしたら、俺は疲れで死んでしまうね。過労死」
「大袈裟だな」

そうでもないさ、と返そうと開いた口の中を襲うように、店員のお姉さんが甘い爆弾(パンケーキ)を運んできた。咄嗟に閉じた口の中にも甘くて温い匂いが入り込んできて、ハッキリ言って気分は最悪だった。
出来ることならば、この場で倒れて運命のお姫様のキスで目覚めたいくらいだ。まぁ、そんな夢みたいなことは夢の中でしか起きないのだけど

薄目で窺うと、友人は運ばれてきた爆弾を丁寧に切り刻んでは、幸せそうに頬張っている。俺の心情などお構い無しだ。

「お前、何がそんなに楽しくて甘い物なんか食べるわけ?」
「美味しいからだ。甘い物は脳の活性を促すんだぞ」
「は?俺は辛いモンじゃなきゃ無理」
「はいはい」

俺の話などを聞く耳など持ち合わせていないとでも言いたげに友人は軽く流したので、大袈裟に溜め息を返した。
コーヒーの苦い香りだけが、オアシスに感じた。

「一口いるか?」
「いらない。一口どころか一欠片もいらねぇ」
「女性相手なら笑顔でもらうんだろ」
「そりゃまあ」

これは女の子相手にも言える事だが、俺に一口くれる優しさを見せるくらいなら、どうか一秒でも早く店から俺を退出させて欲しい。
こんな甘い匂いが漂う空間にいては脳みそが甘い生クリームにでもなってしまいそうだ。

「それにしても酷い顔だな。女性といる時はどうやってごまかしてるんだ」
「気合と根性。例え脳みそをふわふわパンケーキにすり替えられたとしても、俺は女の子の前では笑顔でいられる自信があるね」
「何言ってんだ?」

怪訝そうな顔を向けながら、また一つ爆弾を口に運ぶ様子を目で追う。
これは昔から思っていた事だが、こいつは食べ方が綺麗だ。俺とは育ちの良さがまるで違うように感じる。
俺はこれでもだいぶババアに躾られたのだが、もしあの指導がないまま俺が生きてきていたら、今頃女性からは嫌悪の目でのみ見られていたに違いない。考えるだけでゾッとする

「ごちそうさま」

ようやく爆弾処理を終えた友人は満足そうに口元をゆるめた。
彼が頬をゆるめるのは、甘い物を摂取した時だけだ。いつも口をかたく結び、無愛想な不器用そうな、そんな顔をしている。
つまり、たまにはこうやって俺が息抜きに付き合ってやらねばならないのだ。

「ありがとうございました!」

笑顔で此方を送り出したレジの女性に軽く会釈を返して、ようやく外へ出た。
大きく息を吸うと、すっかり冬を感じさせる冷たい風が肺いっぱいに入ってくる。

「ん」

財布を仕舞いかける友人の手に、先程のコーヒー代を握らせようと小銭を差し出した。

「は?」
「………は?」
「いつも言ってるけど、こっちが付き合わせてるんだからコーヒー代とかいらねぇって」

友人は、小銭を握った俺の手を押し返して財布を上着のポケットに仕舞った。

「律儀な奴」

毎度の事ながら、頑なに受け取る気のない友人に渡すわけにもいかないので、今度流行っているらしいルシオールの火山拉麺とやらに付き合わせる事で手を打とう。

コイツは、俺を自分の食べたい甘い物に連れ出すかわりに、俺の食べたい辛い物に付き合ってくれる。
俺の場合は、男が辛い飯屋に一人で入る事に抵抗はないが、エリオルのように如何にも女の子達が好くようなかわいい甘い物専門店等に一人で入るのは抵抗があるのだろう。
俺だって、そんな店には好き好んで行きたくはないが。

「リュカ」
「ん?なに?」
「気になってる店があるんだが」

隣を歩く友人は、此方と目を合わせる気はなさそうに前を向いている。手を寒そうに擦り合わせ、はぁと息を吐いた。

「いいよ。俺も気になってる店あるし」
「…お前は一人でも行けるだろ」
「エリが辛い物好きになるまで俺は誘い続けるつもりだけど?」
「俺は一生辛い物など好きにならん」

そうかもね、そう返すと友人は当たり前だと返して、此方に少し目を向けた。
軽く口角を上げる笑みだけで返して、前に向き直した。

「さて、帰るか」
「あぁ」

次に彼と出掛けるのはいつになるだろうか。
そんな春風を待つような恋しさを誤魔化すように、友人の髪をぐしゃりと撫でた。



20190202

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