茜色の空に
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紅い夕陽に照らされた地面も、すっかり赤く濡れている
──────────魔物達の体液の色で
今回は、少々てこずった。
全員無事だといいのだが、そうでなかった場合は急いでオーヴァチュアに連れ帰らなければならない
予め決めておいた集合場所へと足を運ぶ
何故だか妙に胸騒ぎがする。
風に揺られた周りの木々が、より一層不安を煽ってくるように感じた
「あ、隊長!」
既に集合場所には隊員が集まっていた。
ひとりが俺に気づいた声で、そいつら全員が一斉にこちらを向いてきた
「全員いるか!」
聞こえるように大声で叫ぶと
「隊長、ロズリアちゃんが!」
誰かがそう叫び返してきた
やはり嫌な勘だけは昔からよく当たる
唇を軽く噛んだ
「ロズリア!どうした」
渇ききった喉から鉄のような味がする。
あがった息を無理に抑えながら、道を開けた隊員達の間を駆ける
「軽い治癒術はかけたのですが!」
焦ったような声を出す隊員の腕に抱かれたロズリアの顔は目に見えて酷く疲れ果てており、今にも意識が吹っ飛びそうといった感じだった。
うっすらと開いた瞳で俺を捉えては無理に笑おうとする姿が妙に痛々しい
「お前は動くな」
そう制すと、申し訳なさそうに眉を寄せる。今にも泣きそうな顔で
「魔力を使いすぎたな、阿呆め」
悪態をついて目をそらす。
ルシオール隊は魔力の低い者が多い
リュカルドの言葉を借りるなら「脳みそまで筋肉集団」という事になるのだが
彼等とて全く魔法が使えないわけでもないが、他人に分け与えられる程の魔力となれば話は別だ
下手をすれば、与えた方が倒れる。
つまりここまでの重症だと、俺が魔力を与えてやるしかない。
生憎魔方陣までの距離もまだそう近くないので、本部に連れ帰るまでの体力がないと最悪命を落とす
しかし─────
「んん"ぅ」
ロズリアが小さく呻き声をあげた
その声を聞いた隊員たちは大袈裟に狼狽えだして
「隊長、はやく!」
「ロズリアちゃんが死んじゃいます!」
「お願いしますよ、隊長!」
などと口々に急かしてくる。
ロズリアの顔を見ると本当に苦しそうにしており、こんな彼女は見たことがなかった
「...ロズリア、すまない」
地面に膝をつき、口元を抑えている彼女の手を握って口元から外す。
「死ぬよりはマシだろ」
俺としてはなんともない魔力の譲渡だが
女の子からしたらどうだろうか
こんな年の離れた男に唇を重ねられるなんて─────
まったく、本当に何でこの少女はルシオール隊なんかに所属しているのか。
小さく開いた彼女の口の間に無理矢理舌を捩じ込んで唾液を流し入れる
走ってきた反動のせいか唾の出が悪いがそこは許されたい
「んっ...」
そういう声をあげるのはやめてほしい
魔力譲渡とはいえ、これはただの口付けだ。
俺だって男だし、魔力譲渡を女性にする機会など今まで経験したことなどないのもあり、変に意識してしまう。
ここまで重症になる男もさほどいないので、男にした記憶もないのだが
「んっん...」
流し込んだ唾を彼女が飲み込む音だけが鼓膜を制す
別にやましいことなどなにもしていないのに、年甲斐もなく恥ずかしくなって唇を離した
周りの奴等の顔を見る事もできず、地面に広がる土を眺めていると
「エリオルさま、ありがとうございます。だいぶ楽になりました」
健気にも、彼女は礼を言った。
「構わん。こんなやり方で、悪かった」
形だけでも謝っておかなければと謝ったところで
ないとは思うが、もし彼女の初めてのキスの相手だったりした時、俺はどう責任をとったらいいのかわからない
「私も申し訳ありません。つい魔力を使いすぎてしまいました」
つくづく出来た娘だなと思う。
彼女の顔をおそるおそる見ると、先程よりだいぶよくなっており安心した
「歩けないのなら、本部まで俺が背負うが、どうだ」
と聞くと何故か周りから「おぉー!」と謎の歓声が上がる。
本当にこいつらは謎の反応が多い
「い、いえ!私もう自分で歩けますわ」
断ってきた彼女の頬は、すっかり健康的なほど赤みを取り戻していた
「甘えときなよ、ロズリアちゃん」
「え、ですが...」
「いいのいいの!隊長はこき使っていいから!アッもちろん俺でもいいよ」
「僕でもいいよ!」
「ロズリアちゃん!俺の背中広いよ!」
「え、あっ、あの...」
まったくこいつらには彼女の爪の垢を煎じて飲ませてやりたいくらいだ
下心が丸見えな時点でこいつらには任せられない
「いい、お前らは下がってろ。ロズリアは俺が運ぶ」
無理に押し退けでもしないと遠慮しがちの彼女はこの男達の対応に困るだろう
「隊長のケチ!」
「むっつりスケベ!」
「おじさん!」
口々に好き勝手な文句を言う奴等の言葉を受け流しては、彼女に背を向けてしゃがみ直す
「乗れ、ロズリア」
「あのでも」
「乗れ」
おそるおそる肩に手を乗せてきた彼女の太ももに手を添えてグイと持ち上げる
思っていたよりも遥かに軽い体はいとも簡単に持ち上がった
「お前、重力操作の魔法なんか使ってないよな」
「へ?」
─────図星か。
本当にこいつはどんな魔法でも使いこなせるのだな
「無駄な魔力を使うな。死ぬぞ」
あまり声を荒げる気にもなれず静かに制すと、魔法を解いたのか少しだけ腕にかかる重さが増える。
魔法がなくてもこの軽さなのか
「重くて、すみません...」
「俺の方がお前より重い。問題ない」
彼女が今どのような顔をしているかは見えないが、他の隊員達が彼女の横に並んで歩き手をひらひらと振っている様子は目の端に写っている
そんな彼等に気を使った彼女のかすかに微笑む声が聞こえる。
まったくこいつは、すぐに無理をする
「お前ら暇なら魔法陣の展開でもしてこい」
転移に使用する魔法陣は、普段一般人に見つからないように隠されている。
使用するには、入隊時に教えられる特殊な魔術式を唱えて展開させなければならないのだが
「やーい!隊長のドスケベ!」
「ロズリアちゃんと二人っきりになりたいだけでしょ!」
「羨ましくなんかないですよー!」
などと馬鹿みたいに囃し立てては、彼等は全員前方へと走り去っていく
展開など一人でもできるものなのに何故全員で行くのだろうか。
「あの、エリオルさま」
「なんだ」
突然聞こえた小さい声にどうにも背中がぞわぞわする
「少し、眠っていてもいいですか?」
なんだそんなことか
「構わん。俺が責任をもってお前を本部まで連れ帰るから安心して寝てろ」
そう答えると小さく礼を述べる声が聞こえ
その言葉を最後まで言い切るより前に、彼女の寝息が耳に届いた。
そんなに疲れていたのなら、俺が来る前に寝ていればよかったのに
そうすれば俺から魔術の譲渡が行われたことも知る由がなかったはずだ
「はぁ...」
つい口から出た溜め息は、辺りの空気と混ざりあっては遠く彼方へさらわれる
部下たちの辿った道を、今は少しでも早く追い付かねばと歩みの速度をあげた
茜色だった空の色はすっかり紺色に塗りかわって、星が輝き始めていた
20180710
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