目には目を


フィンハーストは相変わらず風が強く、雲達はおいかけっこをするかのように流れていく。雲のように飛ばされないようにとしっかり地を踏みしめる。

「あ、ナチョ!」
「チッ」

面倒なやつに見つかった。
俺もあいつも冒険者だから各国を練り歩いているのは仕方ないとは思うが、こいつは本当にどこでも現れる厄介な女だ。振り向かなくても誰かぐらい分かる

「なにしてんの?」
「お前に関係ねぇ」

足早にその場を後にしようとするが、そうもいかない。この女は本当に足が早い。本気で走って振り切る、くらいしないと永遠に追いかけてくる

「それ、捕まえた」

ほらこの通り。俺の左腕は女の右手にガッチリと掴まってしまった。

「ナチョ!聞いて!貴方にとっていい情報を捕まえたわ!」

渋々後ろを振り向くと、そこにはやはりルイベナータがいて、ちょっと待てといいながら胸の谷間からゴソゴソとノートを取り出している。

「なんでそんなとこにメモいれてんだよ」
「いちいち鞄に戻すのが面倒だからよ」

別に気にした風もなくニコリと微笑んだそいつは片手で器用にノートをパラパラとめくっている。

「あ、あった。ナチョ見て」

少し歩み寄ったそれは、開いたノートを見せてくるが

「汚くて読めない」
「人の話聞きながら書くのって大変なの」

頬を少しだけ膨らませて見せたが、別にこいつのそんな仕草に胸がときめく事はない

「それにこれお前の母国語だろ。どこか知らねぇけど」
「え、共通語よ?読めないの?」
「はぁ?」

汚い字だが、どう考えたって共通語のそれじゃない。単語が、綴りが、使い方が。俺だって母国語というのは一応あるが、それとも違う

「じゃあ、読んであげる」
「最初からそうしろ」

そういって自分のメモを目の前に持ってきては、それを睨み付けている。自分の字が汚すぎて読めない、という感じだ

「んーと、ドラゴンの出現。ルシオールの...南部ね。そうそう、人を食ったらしいわよ」
「は?」

───────人を食った?

「ナチョに会うのに時間かかっちゃってもう2日は前の情報だから騎士団が来てるかもだけど」
「その情報、どこでもらった?」
「ルシオールの中部よ。親戚が南部にいるって人から。襲われたのは小さな村らしいわ」

こいつの情報なら、間違いがない。
情報屋を名乗る奴等の中では、こいつが一番信頼できる。各国を言葉通り飛び回っている生の情報だからだ

「そいえば、鳥男は?」
「いるわよ。ナチョに貸してあげようと思ってね」
「鳥男っていうのやめろ」

突然頭上から降る声に体は素早く反応できない。これが敵なら確実に殺されていたところだ

「ナチョを南部まで連れていってあげれる?」
「この坊主なら歩けるだろ」
「歩いたら何日かかると思ってんの?」
「俺なら1日かかんねぇな」
「アンタは浮いてるからでしょ!」

言い合いを始めるピンク頭と鳥男。
鳥男は確かカンタネルラという名前で、ハルピュイアと呼ばれる種族だ。この種族は背中に綺麗な大きい翼を持っているのが特徴で、その翼を活かして冒険者達を各国に運ぶ仕事をする奴等も多いが、こいつらに運んでもらうと本当に早い。

「俺はやく行きたいんだけど」
「あっ、ごめんごめん。ほらはやく行って!」
「料金倍だからな」

はぁ、と大きく息をついた鳥男は俺の腹に片手を回してグイと力をこめた。

「いくぞ」

その合図が耳に届くより前に足が地面から離れると、とてつもないスピードで上昇する。とても目なんて開けていられない。相変わらず乱暴だな、などと思いながら腹と手に力をこめる。

「あまり力いれるな、暴れるな」
「暴れてねぇよ!」

大声で叫び返さないと風音でなにも聞こえない。相手の声はおろか自分の声を聞き取るのも難しい

「なぁ、坊主」
「なに!」
「ルシオールの竜なら炎とか使ってくるのか?やっぱ」
「知らねぇ!そうなんじゃねぇの!」
「お前も炎使いなら気を付けろよ」
「はいはい!」

こいつは他のハルピュイアよりもスピードが早い。別に俺の為に急いでるのではなく、こいつはただ安全運転をモットーにしていないだけなのだが。
もうルイベナータどころか地面は遠く離れ、先程眺めていた雲の方が近いくらいだった。この高さから落ちたら確実に死ねるだろうな

     □■□

「見えるか?襲われたのはあの村だ」
「見えねぇよ!お前の視力どうなってんだ」
「流石にお前も見えねぇか。人間だもんな」

歩いたら何日かかるかわからない距離を、ものの数分でつけてしまうのは本当に楽だ。ハルピュイアの翼が裏で高値売買されている理由がよくわかる
俺にも翼があれば、どれほどよかっただろう

「近くに降りるからしっかり掴まっとけよ」

そして、やはりその言葉を言い終わるより前に急降下を始める男の腕になんとか掴まる。頭を下に、足を上に向けてどんどん降りていく。
目をうっすらあけただけで、風は一瞬で瞳の水分を奪い去った

「目あけていいぞ」

腹にあった圧迫感がなくなり、少しずつ目を開けて数回瞬きを繰り返すと、そこは辺り一面木ばかりで、視界が悪かった

「あまり人目につくのは嫌でな、すまない」
「お前の翼、高くつきそうだもんな」
「離陸だの着陸だのは羽を閉まえねえから視界の悪い所に降りるしかなくてな」

地面から見えないような高さまで上がる理由はそれだったか。

「こっから左に進んでった先の村が襲われたって情報だ」
「わかった」
「俺は戦闘には向かなくてな、ここから先は手伝えない」
「わかってる」

急に黙った男の顔をふと見上げると、意図はわからないが、苦しそうな悲しそうな、それでいて怒ったような、そんななんともいえない表情でこちらを見ていた。

「なに」

そう問いただすと男はゆっくりこう言った。

「お前の復讐は、いつ終わるんだ?」
「家族を殺した竜を見つけ出して、殺して食ったら終わり」
「...復讐が生み出すのは感動でも喜びでもないぞ、イグナシオ」

バサッと目の前で翼が開く。木々の間から射し込む太陽の光がその白さを一噌際立たせている。

「復讐が終われば、自分の生きる意味がなくなったも同然だ。それでもお前は、生きていけるか?」
「どういう意味?」
「ちゃんと生きる意味を探せってこと」

そういって少しだけ微笑んだ男は「じゃあな」と言って空へと戻って行った。
奴の残した言葉の意味は半分わかって半分わからないと言った感じだった

「俺が生きる意味なんて、家族が死んだあの日からないっての」

さぁ、そんなこもより急ごう。今回こそ俺の探していた竜かもしれない。踏み出す足に自然と力が入った。



20180723

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