I respect you.


「隊長!見てくださいよ、あの雲!」

今日は久し振りに討伐の依頼があった。フィンハーストの隊員は他所の隊にお邪魔して出動することが多く、そのせいもあり突然の要請に対して動ける隊員は少なかったりする。
例に漏れず今日もそれで、すぐに動けたのは数十名だった。

「隊長ォ!」

先程からペラペラと喋り続ける部下の声に耳を傾けると、

「あの雲、トランテスタの食べ物に似てません?名前思い出せないんですけど」

言われて目を空に向けると確かに似ている気がしないでもない。何て名前だっただろうか

「あれだろ、スノーマウンテンみたいなやつ!」
「あ、そうだ。スノーマウンテン」

背後から聞こえた声につられるように声を出す。後ろを振り向くと目があった隊員のヘイルはニコリと微笑んだ

「俺はお前にきいてんじゃねぇ!」
「な、何怒ってんだよ」
「怒ってねぇよ!隊長と仕事が出来てテンション上がってんだよ!」
「はいはい、俺も俺も」

リュカルドとヘイルは特別仲が良いわけでも悪いわけでもない。別に戦闘での愛称がバッチリなわけでもないのだが

「隊長!俺、腹減りました!」
「そうだ。なんか食べていきません?」

なんだか見ていて和むというか、小動物を見ているような気持ちになるというか、なんというか。
部下というのはつくづく可愛い生き物だと思う。

「じゃあ、なにかつまんでいくか」

そう返すと二人だけでなく、後ろを歩いていた数十名の隊員達も歓声をあげた。
音量調節の狂ったラジオのようにざわざわと騒ぎ出す集団を見ていると、なんだか小学生の引率の先生になった気分だと少し笑いがこみあげる。

「隊長、なんか食べたいものあるんですか?」

気が付くとヘイルの姿は見えなくなっており、隣にはリュカルドが立っていた。

「リュカルドはなにかあるか?」

フィンハーストは野菜が美味しいと聞いたことがあるのだが、その野菜を食べて育った肉も美味いと聞く。どうにもなにか少しつまめるものと言えば何があっただろうか

「俺、羊肉に興味あるんですよね」
「羊か...なら串焼きでも買っていくか?」

確か羊肉の美味い店なら一度足を運んだ店があったはずだ。

「いいっすね、それ」

白い歯を見せて笑ったリュカルドにつられて少し微笑んだ。また空に視線を戻した彼に倣って天を見上げた
相変わらずガヤガヤと騒ぐ隊員の雑踏が風に乗り耳に届き、流れていく。何を話しているのかは皆目見当がつかない

「あ」

逆に、間抜けな声をあげたリュカルドの声は近く、よく聞こえた。

「どうした?」
「あれ、隊長、あれ」

少し慌てたような声を出すリュカルドが指を差す方に視線をズラす。空を飛ぶタイプの魔物だろうか

「見えます?」
「いや、最近老眼が」
「老眼って!隊長はまだお若いですよ」

ぐぐっと手を伸ばすリュカルドの指の方角には目を細めてみても

「すまん。雲しか見えんな」

何度睨み付けても色の薄い青に浮かぶ白い雲しかない。視力が落ちただろうか

「その雲ですよ!あの形、なんかに見えません?」

グイと肩を掴まれて引っ張られリュカルドの頬に自分の頬が触れる
男の頬とは思えないほどのスベスベで柔らかな感触だった。噂の赤ちゃん肌というやつだろうか

「見えます?」
「すまん、わからん」

そう言って肩におかれた手をそっとおろし離れると

「ハートですよ!ハート型!」

世界で一番幸せですとでも言いたげにニコニコと笑った彼の顔を見て、また空に目を向けると、確かにハートに見える気がする

「ハート、ぽいな」
「でしょう?でしょう?ラブ運アップですかね!」
「そうかもな」

口元の緩みが止まらないのか手で口の両端を押さえている部下の姿がなんとも愛しい。柔らかな頬に沈む綺麗な長い指。男相手にこういうことを言うのもなんだが、本当にかわいらしい。単純に部下としてだが

「俺、帰ったらロズリアちゃんに会いに行きますね」

真夜中に上がった太陽のような輝きを放ち此方を見上げる彼の頭をわしわしと撫でた。こんな笑顔を見せられては、昼間の太陽など彼に太陽の地位を譲ってしまうだろう

「わっ なにするんですか〜!」

自分の口元も緩んでいるのがわかる。リュカルドの頭を撫でるのなど、いつぶりだろうか。見た目の印象よりも、遥かにふわふわな髪質が昔から結構好きだ
ついもっと撫でていたい気分にもなるのだが、なんとなく視線を感じて後ろに振り向くと

「リュカルドだけズルいぞ!」
「俺も撫でてくださいよ!」
「わ、私も!」
「こらリュカルド離れろ!次にかわれ」

隊員達が何故か妙にうずうずそわそわしていた。

「ヘッヘーン!お前らはそこで指くわえて見てろ!」

ベッと舌を出して挑発するリュカルドの髪から名残惜しいが手を離す

「アッ隊長」
「ん」

また今度な、と目で返すと眉を少し下げた彼の顔はなんだか構ってもらえない犬を思い出させる。

「あんま遅くなるといけないから少しだけな」

後ろに向かって両手を広げると同時に走り出した隊員達にあっという間に押し倒されていた
受け身はとれたものの少し背中が痛む。

「まさかみんな一気に来るとは思わなかったな...」

その声に誰かが笑い、それにつられてまた笑い、次第に自分も笑って、次第に大きくなっていく

「さっきのハートの雲は、隊長宛だったか」

上には乗ってこなかったリュカルドは、そう呟いては此方を振り返り

「俺、隊長の事 尊敬してます。大好きです!」

と隊員達の山の上に勢いよく覆い被さってきた。増えた重みにンゥッと情けない声が出るがなんとか堪える。

見上げた空は少し茜色に染まりだし太陽はすっかり地平線近くまで落ちている
いつまでも笑い続ける隊員達の声が天高く風に運ばれていった。



20180731

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