一昔前は、ポルノの社会に飛び込もうとする者はエージェントに頼み、そこで映像を撮り、古きVHSやDVDに物理的に映像を流し込み販売していた。そしてその利益の大半をエージェントに吸われて泣き寝入り。よくある話さ。だが今は違う。
インターネットに網羅されたこの社会は、スマホひとつあればパートナーとのセックスを配信出来る。それで小銭を稼ぐどころかポルノスターになった女優や男優は山ほどいる。彼ら彼女らはファンとの交流を大切にし、成人向けサイトの月額数ドルから数十ドルの幅広い料金プランの個人サブスクリプションで見返りを貰うんだ。性に内向的なアジア人の女優とヤった時に驚かれたが、とにかくこっちでは「セックスはパートナーと楽しむ貴重かつ当たり前の時間」「人生に欠かせない欲求」だ。恥ずかしいものではなく、受け入れて進むべきもの。カップルで俺のファンだって奴らもいる。
勿論職業に対する差別や偏見はまだ多分にあるものの、俺はまさに個人サブスクリプション契約数業界一の「ナンバーワン・ポルノスター」だった。大半は十代から二十代のお嬢サマ方さ。エージェントからのスカウトだったから、作品が素人のハメ撮りレベルでなく最初から完成したドラマ仕立てのもので綺麗に撮って貰えたってのもあるかも。とにかく俺は、自分で言うのもなんだが界隈ではかなり有名な「成人向けアイドル」でもある。
エリザベスは……詳しくは知らなかったみたいだが。
「Beth!主演作品のプロモーション活動で釜山の映画祭に。レッドカーペットのエスコートは共演者。アフターパーティーに例のポルノスターが現れるかも?とパパラッチが張り込むも、姿を見せず。一人でパパラッチに中指を立て笑顔でホテルへ帰る」
「やべぇなぁ。やっぱり巻き込んじまったなぁ」
俺は自宅でネットニュースを眺めながら、タバコの煙を丸く吐き出した。
「Hi , 私の騎士さん。そっちはどう?」
「Hi , 俺の女王。俺は適当に“俺の子猫ちゃん”たちに釈明配信をしてた。お前は……パーティーにソロ参加?」
「いけない?男無しでパーティーに行くのってそんなに変なの?私、美味しいものを食べてみんなと踊って飲めればそれで良いから一人で行ったのに」
「お前みたいな美人がシングルだからパパラッチ共が俺との関係を疑うのさ」
「あら、ありがとう。あなたもパーキングに入ってくる時に撮られた運転姿、クールだったわ、Pizza boy」
スマホをスピーカーモードにしながら俺はグラスにワインを注ぎ、お気に入りのスモークチーズを口に放り込んだ。
「ピザ友なぁ?あんなのお前のファンは絶対信じねぇよ。何の接点もなかったお前がいきなり俺みたいなやべぇ男をフォローしたんだ。新作ポルノの宣伝ツイートだらけの俺のアカウントを、だぜ?お前、共演者でも仲良くなるまでフォローしねぇのに」
エリザベスが俺のアカウントをフォローした翌日にはネットメディアはお祭り騒ぎ。パパラッチに家がバレてるエリザベスは気楽にエントランスから出られなくなった。さらに悪いことに俺が同じマンションの下に住んでるもんだから、あれよあれよという間に俺も帰宅を撮られて「同棲!?」「ハリウッドスターの家にセクシー男優が居候?」「Beth、恋人はポルノスター」もう滅茶苦茶さ、好き勝手。エリザベスはキレて自分でインスタライブ、同じマンションだからピザ食っただけだって言ったが世間は大盛り上がり。
「私の熱心なセクシーファンボーイは天文学的確率を引き当てて私のひとつ下のフロアをゲット。で、今ではたまにピザを食べる仲」
「いつかお前のファンに俺は殺されるよ」
見えてはいないだろうが肩を竦めると同じタイミングであいつは笑って、ポン!という音がした。向こうも一人寂しくワインを飲むらしい。何やってんだろうなぁ、俺たち。三十路で通話しながら互いに一人酒。
「いっそ、本当にピザでも買いに行く?」
「止めとけよ、お前のエージェントに契約解除されるぜ?」
「そろそろ独立する」
「マジかよ」
「うそ」
「何なんだよ」
あいつはカラカラと笑って暫く無言になったあと、パリパリと何かを齧る音を立て始めた。
「何それ」
「韓国限定のチップスよ。辛いって書いてあるらしいけど全然からくな……から、く… ………ジーザス!!!!からいわ!!!!」
「うるせぇ!声でけぇ!」
音割れするほど叫ぶエリザベスは27歳とは思えない。そういえばこいつは死ぬ前に色々あったせいで暗かったが、元はポッターやブラックと大騒ぎしてた奴だったな。悪戯大好きで、明るくて、いつまでも子供みたいな笑顔のエリザベス・ロジエール。
「なぁ、エリザベス」
「なあに?レーヌって呼んでくれるんじゃなかったの?」
エリザベスがホグワーツの低学年の頃と変わらない陽気な声で俺に問う。悪いな、お前はいつまでもエリザベスなんだ。つい呼んじまうのさ。
「…………お前、幸せになれよ」
俺がそう言うと、エリザベスは何も返さなかった。ただ、パリパリとチップスを食べて。
「………………………幸せよ」
そう、何事も無いようにスピーカー越しに告げてきた。声がどこか寂しげだったのには気付いているが、今の俺はまだその理由を打ち明けては貰えない。
数日後。
こうなったら撮影も無いし、イベントもキャンセルだ。稼がなくても困らないが俺はとりあえずPCのモニターの前に座り、成人向け配信and販売サイトの自分のページにログインする。WebカメラがONになっていることを確かめて、Stream keyをクリック。配信対象は一応、一番高額な月額5000ドルのチアーを支払ってくれる上客たちに絞ってある。
「よう、俺の可愛い子猫ちゃんたち」
俺がカメラに向かって投げやりに手を振るとすぐさま無数の入室通知が来る。この上客のお嬢サマ方が何の仕事をやってるかって?さぁ?良いところの令嬢だったり、ベンチャー企業の代表だったり、ナイトクラブのダンサーだったり。色々さ。俺は客の個人情報を探ったりしねぇからな。ファンと寝る女優男優、それをさらに配信する奴もいるが俺はそこまで飢えてない。ファンはファン。恋人はいらねぇ。何せ、俺はハリウッド女優の拗らせファンだったわけだし。逆のことをされたら嫌なのはよく知ってる。

Louis💋💕💋💕

今日は何配信?俺らしか見れないって事はBethとのプライベートセックス?

やめて😭😭私のハニー😭あなたのディックは私のもの😭😭

韓国にいるかと思った。釜山国際映画祭?行かないの?

落ち着けよ、まずは王子様の有難いお言葉を聞こうぜ
おーおー、荒れてんなぁ。俺のガチ恋、つまり本気で俺に惚れて俺だけで毎晩イッてるような子は勿論エリザベスとの報道は傷付くだろう。あ、ちなみに男もいるが、こいつらがゲイなのか、もしくは俺に自己投影してるヘテロなのかは興味が無い。
「こんな仕事しておいて信じられないかもしれないが、本当にBethとは何もねぇんだ。ただの同じマンションの住人。ピザ食っただけってのはガチ。セックスどころかキスすらしてねぇ」

ハグは?
「……ハグはした。挨拶だろ」

あああああ

😭😭😭😭😭😭

残念だったな、Bitches
流れ続ける泣いたEmojiに思わず笑いながら俺は煙草に火を入れる。咥えながらチアー額の欄を眺めると、どんどんと金が投げ込まれた。俺が「Bethとの噂」を否定したから、俺に恋する女たちが金をばら蒔いてるんだ。若い頃に在籍していたストリップと同じだ。でも、聞いておかないといけないこともある。このファン達はさっきも考えていた通り上客だ。今後のことがあるなら、絶対に反応を見ておきたいことがあった。
「…………もし仮にだ。俺がBethと付き合うって言ったら、どうする?」
チャット欄は止まった。
拗らせファンの妄想?うるせぇな。
そして、数秒の後、凄まじい速さで文字の流れが加速する。

大丈夫、俺は応援する。Bethは俺の好みだ。早くBethとヤってくれ。推しと推しのベッドタイムは俺を “カム” に導く

嫌よ!あなたは死ぬまでパートナーを作らないって言ってたのに

そもそもBethって今シングルなの?スーパーヒーロー映画の主演同士、付き合ってたんじゃないの?

私はちょっと嫌。でもBethとのベッドタイムは見たいかな

Bethと付き合ったらBethも脱いでくれる?それならチアー増やす

定点でいいから映像くれよ、Bethって完全に脱いだことは無いだろ?

止めてくれ。抱いてもいいが君は永遠にシングルでいてくれよ

Bethもこっちの世界に来るの?ていうかあなたのこと好きなの?

住む世界が違うわよ、やめておいて、ハニー︎💕︎💕あなたは私たちの前で永遠のポルノスターで居続けて❤

私は新作と配信が続くならそれで良い、愛してるわ

まさか俺らの王子様の初プライベートセックスの相手が“銀幕に煌めきし琥珀”だとは
反応は半々、って感じか。まぁBethのネームバリューが大き過ぎて、俺とあいつのセックス配信を期待してる奴が多過ぎるから参考にならないかもしれないが。
「落ち着けよ、言ってみただけだって。俺は別にあいつのこと女としてどうこうとか、……おまけにプライベートセックスの配信なんて考えてねぇよ」

えええ!あなたくらいよ?配信で雑談したり料理したり。一般ストリーマー・ルイベル

それがいいんだろうが女

此処で喧嘩しないで。Twitterに行ってよ

Bethとヤれ
言い合い、自治厨、下ネタ。見たか世界。これが俺に一人毎月5000ドルくれる金持ち共だ。ちなみに今アクティブなのがこんだけって事で、ちゃんと休日の夜に配信予告したらこの五倍〜十倍は人が来る。配信ってのは女優男優には貴重な収入源なのさ。俺はガラスの蛇を模した灰皿に煙草の先端を押し付けながらカメラに語る。
「ま、特別俺とBethの関係が変わることなんて無いだろうけどな。ただのご近所サンで、あいつが配信した通り俺は偶然憧れの女優のマンションに住んじまったファンボ。一ヶ月後には世間も忘れてる」
自分で言って少し寂しいが、エリザベスは今をときめくムービー・スター。ロケで此処を一ヶ月空けるなんてザラにある。

可哀想なマイボーイ

それで良いのよ。だってBethのフォロワーすごく減ったもの。彼女の仕事に影響が出る

Bethに本気で のめり込んでる男ファンが2万人もいたらしい。キモ

ブーメラン刺さってるわ

愛してるハニー💋あなたも他のスターみたいに私達とバカンスに行って激しいの撮らない?📽🎞💕
へぇ、フォロワー、俺のせいで2万人も減ったのか。まぁそうなるわな。ずっと応援してきた女優がいきなりポルノ男優と同棲なんてパパラッチに撮られたら俺でも三日間寝込む。俺は毎回とんでもない額のチアーをしてくれる子猫ちゃんの名前を呼び、Webカメラに向かって軽く投げキスした。それだけでまたチアー通知が鳴る。ありがとな、老後の為に貯めとくよ。
その時だった。
「ただいまーー。Chevalier ??どこ?ベッドルーム??」
「ハァ!?!?!?」
エリザベスの声がする。
チャット欄が「!?」で埋め尽くされる。

今の何!?

女?

Beth!!!!Beth!!

うそ😡😡😡

Bethが来た!
おい、嘘だろ!?帰ってくるの明日だって言ってただろ!?なんでもう帰ってきた?
「シュヴァリエ、驚かせたくて早く帰ってきちゃった。あ、お土産あるわよ。入っていい?」
「は??え???いや、や、やめろ!!」
「なんで?」
「取り込み中!!!」
「Oh my…………まさか女の子?」
「女じゃねぇ!!俺しかいねぇけどとにかく入ってくんな!!」
「え?どういうこと?」
「素っ裸なんだよ!!」
「別に良いけど」
「良いわけねぇだろ!お前俺の部屋でもそんな感じなのほんとにやめろ!」

随分と仲が良さそう

同棲だわ、こりゃ

やっぱり付き合ってるんだ、へぇ

感情が追い付かない
俺は慌てて配信のマイクをミュート。ちなみにファンサービスとして上半身裸だったからそこは取り繕わなくてもいい。いかにも「寝てました」というように敢えて髪をボサボサにして寝室の扉を開けた。
視界に入るのは、ほんの数日間会わなかっただけのエリザベス。
ポニーテールにしただけのシンプルなヘアスタイルに、紅いリップグロス、頭に乗せたサングラスに琥珀色の大きな瞳を縁取るマスカラたっぷりのボリューミーな睫毛。
「ただいま、シュヴァリエ」
エリザベスが戻ってきた。
エリザベスが、生きて、ただいまと言っている。
あの日、いくら探しても、どれだけ折れた枝を接ぎ木しても、帰らなかったひとつの生命がある。全ての記憶を失って別の世界に飛ばされたエリザベスはもうエリザベスという名ではなかった。それでもこの甘い色の瞳は、この涼やかな声は。あの時と同じままで俺に微笑むんだ。
「……おかえり」
「な、なに!?どうしたの!泣いてるの?何か悲しいことがあったの?よしよし、ほら、おいで。もう……あなたは大きいのに泣き虫ね?でも私しか見てないから泣いてもいいわ。悲しい時は泣いていい。苦しい時も泣いていい。人は泣いて、また新しい明日へ進むのよ」
エリザベスは呆れたように笑って、それでも腕を広げて俺の後頭部を引き寄せた。背伸びして優しく髪を撫でるこの温もりは____今、確かに生きている。
「お前は、…………生きてるんだな」
「生きてるわ。生きて、あなたの腕の中にいるわ。そして明日も生きているわ。明日は午後からオフなの。もういちいちパパラッチが面倒だから堂々と通りの向こうのデリバリーピザ、テイクアウトしてみない?持ち帰りなら二枚目がタダになるのよ。あとはね、気になるドラマがあるからそれ見ながらソファでピザパーティー。どう?」
あぁ、良いぜ。俺は、お前が笑顔で生きていてくれるなら……何だって幸せなんだ。
俺はもう一度目の前の白い首筋に頭を埋めて、目を閉じた。

焦ってマイクミュートボタン二回押してるんじゃない?😭😭全部聞こえてるよハニー😭😭😭

明日はピザパーティーらしい

ヤると思う?

相当プラトニックな友情っぽいけど?

明日絶対また撮られて大盛り上がりだろうなぁ

でもなんだか安心したわ。Bethって案外優しいのね

聖母に依存する我らが王子

スーパー純情恋愛じゃん、頑張れよルイベル。で、定点はよ

大金持ちのくせにピザ二枚目タダにしようとするの庶民的で好き