海の好きなひと


 今日は佐伯くんの誕生日らしい。
 テニス部の部室前で、部員にお祝いされている佐伯くんを見かけた。よくあるとんがり帽子をかぶせられ、クラッカーの紙吹雪をめいっぱいに浴びていた。佐伯くんは本当に嬉しそうに笑っていて、周りにいるみんなも同じくらいニコニコとしていて、見ているだけでこっちもなんだかいい気分になった。
 放課後、何も用事がないわたしはすぐに校舎を出た。いい天気。だけどもう10月だから少し肌寒い。海沿いをゆっくり歩きながら、夕日に照らされてきらきらと光る水面を眺めていた。きれいだな、まるで佐伯くんみたい。そう思ってたら、後ろから突然声を掛けられて、飛び上がるほど驚いた。振り返ると佐伯くんが、さっきまでかぶっていたとんがり帽子を手にしながら笑っている。

「今、帰り?」

 うん、と返事しながら、なんでわたしに? と疑問がわいた。同じクラスだけれど特に仲がいいわけでもないし、そもそも会話もほとんどしたことがない。佐伯くんは誰にでも優しいし、顔立ちも整っていて目立つけれど、わたしは特筆すべき特徴もない、ただの地味なクラスメイト。なのに、なんで? それにしても、近くで見たら本当に顔がきれいだなあ。歴代彼女、ありえないくらいいそう。
 ぼけっと佐伯くんの顔を眺めながらそんなことを考えていると、佐伯くんがこてんと首を傾げた。そんな些細な仕草すらも、彼の顔面だと絵になる。たとえ妙ちきりんなとんがり帽子を持っていても。とんがり帽子と佐伯くんの顔を交互に見ていたら、目が合って、佐伯くんが笑った。

「今日、誕生日でさ。テニス部のみんながお祝いしてくれたんだよね」

 そう言って、嬉しそうにとんがり帽子を撫でる。あまりにも愛おしそうな手つきだから、イケメンってこんなこともさらっとできちゃうんだ……って感心した。
 佐伯くんはふと海の方へ視線を向けた。きらきら光る海を見つめ、優しげに微笑む。今までこんな慈しむように海を見る人って見たことってないな、とどうでもいいことを考えていたら、急にこっちを見てきて佐伯くんは尋ねてきた。

「ね。海、好き?」
「……え、う、海?」
「うん、海。俺はね、すごく好きなんだ。まあ、小さい頃から海と一緒だったからってのもあるけど」

 そう言って佐伯くんはへにゃっと笑った。その笑った顔があまりにもまぶしくて、わたしは思わず海の方へ視線をずらした。海も、同じくらいきらきらでまぶしい。やっぱりきれいだなあ。

「好きとか嫌いとか考えたことなかったけど、今のこの海は好き、かな。きらきらしてて、きれいだから」

 わたしの言葉を聞いて、満足そうに佐伯くんが笑った。

「そうだ、これ」

 突然制服のポケットをまさぐり、キャンディをひとつ取り出す。そしてわたしに差し出した。

「え、くれるの?」
「あげるよ。いっぱいもらったから」
「でも、佐伯くんがもらったものでしょ」
「嬉しかったから、おすそわけ」

 そういえば、今日は佐伯くんの誕生日だということを思い出した。そんなにみんなに祝ってもらったことが嬉しかったんだ、と思い、お礼を言ってキャンディを受け取った。

「そういえば、誕生日おめでとう。今度何か、お祝いさせてね。キャンディのお礼も一緒に」
「別にいいのに……でも、ありがとう」

 佐伯くんがはにかみながらそう言った。いつも余裕綽々な感じなのに、こんな顔もするんだ、と思った。

「あと、海を好きって言ってくれて嬉しかったな。俺も好き、だよ」

 なんてね、と言って佐伯くんは手を振った。わたしも手を振り返す。

「また明日、学校でね」

 夕日に照らされた佐伯くんが、あの海と同じようにきらきらしているように見えた。


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