田村三木ヱ門の話

 今のところ先輩たちの話を聞いていると、神庭先輩と平先輩は大変仲睦まじいようだ。本来、先輩たちはいい人たちだし、周りが変だと騒いでいるだけで、実際は他のカップルと何ら変わりのない、普通の交際をしているんじゃないか。
 次は田村先輩に話を聞こうと、斉藤先輩と別れて会計委員たちが活動している教室へ足を向ける。放課後になって生徒たちは皆、部活に行ったり委員会に行ったりと、各々好きなようにしている。この大川学園は委員会や部活に力を入れているから、多くの生徒はまだ学園内にいるだろう。
 会計委員会室に来ると、ドアが少し開いて、中の会話が聞こえてきた。


「団蔵、左門探してこい」
「あれ!?いつの間にまた消えたんですか!?あぁもう!行ってきます!」


 どうやら決断力のある方向音痴、と有名な神崎先輩がまたどこかへ行ってしまったらしい。団蔵がはぁぁ、と長く重い溜息を吐いてがらりとドアを開けた。あ、と団蔵は驚いて目を見開く。そして委員長、庄左ヱ門が来ましたよ、と田村先輩に声をかける。
 団蔵は「じゃあ、俺は先輩を探してくるから、またな!」と彼の大好きな馬のように走り去っていった。乱太郎や三次郎には負けるけど、団蔵も足が早い。一番は金の絡んだきり丸だろうけど。あっという間に角を曲がっていってしまった団蔵に手を振ったが、多分見えてないだろう。
 中から田村先輩に入っていいぞ、と声をかけられた。失礼します、と言ってから中に踏み込むと、佐吉が一心不乱に算盤を弾いていた。団蔵や神崎先輩がいなくなってしまった分、多くでも終わらせるために手を止めるわけにはいかないようだ。会計委員はいつも忙しそうだけど、そんなに計算しなくちゃいけないものが多いんだろうか。今度学級委員長委員会で手伝ってあげようかな。
 田村先輩が少し待っててくれ、と僕に声をかけてからぱちぱちと算盤を弾く。何か数字をメモして算盤を置く。急いでいても雑な字を書かないのは性格がよくあらわれているんだろうな。団蔵だったら丁寧に書いても読めないんだろうけど。


「待たせたな。大川学園のアイドル、田村三木ヱ門だ。読者の皆さん、こんにちは」
「新聞のインタビュー欄に載る気満々ですね…」


 カットしますけど。平先輩もナルシストだ自惚れ屋だと言われるけど、お互いライバルなだけあって田村先輩もナルシストだよなぁ。この学年は個性的な人が多いよね。


「タカ丸さんから聞いた。桜子のことを聞きたいんだって?」
「正確には神庭先輩と平先輩のお付き合いしている様子なんですけど…」
「どうして僕が!あの滝夜叉丸について話してやらんといかんのだー!?」


 平先輩、と口にした瞬間、机をひっくり返す勢いで叫んだが、佐吉が委員長!と悲鳴に近い声をあげたので、机にかけた手を離した。もしこれで計算が狂ったら佐吉泣くんじゃないかな。今度時間がある時に手伝いに来よう、本当に。


「ああ、ごめん…。桜子、と滝夜叉丸だったか」
「はい」


 苛々したように腕を組んでとんとんと指を打つ。眉間にはぎゅっと皺がよって、「アイドル」が台無しだ。まぁアイドルは自称だけど。指を打つのをやめて、ぎゅっと強く二の腕のあたりを握り締めて、低く先輩は呟いた。


「僕と桜子は幼馴染みだ」
「はい」
「滝夜叉丸と出会うずっと前から一緒にいた。
 毎日泥だらけなって遊んでたし、風呂にだって一緒に入ったこともある」


 それなのに。
 田村先輩の悲痛な声と悔しそうな顔に、僕は口を挟むことができなかった。




 大川学園の初等部に入学してからも、僕らはずっと一緒だった。年を重ねれば、普通男女仲は疎遠になるものだけど、僕と桜子は仲がよかった。低学年の頃は「三木ちゃん、三木ちゃん」と僕の後ろをついて回っていた。少し大きくなると、随分と悪戯好きになったけど。
 初めて僕と桜子が滝夜叉丸に会ったのは、僕らが入学してすぐだった。なんてことはない、遊具の取りあいで喧嘩になったのだ。確か、ブランコが原因だったかな。
 ブランコは二つしか空いていなくて、誰が乗るかで喧嘩になった。あいつは自分が先にとったとか意固地になって譲ろうとしなかった。僕もだけど。
 結局ぼくがのる、ぼくがのる、と言い合いになって、それがヒートアップしてしまった。
 そのとき僕が、男のくせに女みたいな顔をして、とかなんとか滝夜叉丸に言った気がする。滝夜叉丸は当時そのことをいたく気にしていたようで、ぼろぼろと泣き出した。奴はそんなこと、もう覚えてないかもしれないけど。僕も興奮したのか涙が出た。ただ一人、桜子だけが腕を組んで僕らを見ていた。


「泣いてちゃわかんないでしょ。ぐだぐだ泣くな!
 三木ちゃんも三木ちゃんだ!三木ちゃんだって十分女顔なんだから、人のこと言えないでしょうが!」
「う、ふぇ…」


 桜子にそう怒鳴られて、僕らはぴーぴー泣き叫んだ。普段僕に文句も言わずについてきてくれる桜子に、そんな風に怒鳴られたのがショックだった。いつまでも泣き止まない僕らに、強気だった桜子までもが泣き出す。
それが僕らの出会いだった。
 その後僕たちが滝夜叉丸に会うことはなく(なんたって大川学園はマンモス校だから)、再会したのは中等部に上がってから。その頃には滝夜叉丸は自分の顔を女顔だと悲観するのではなく、美しいと称するナルシストになっていた。まぁ僕の方が何倍も美しくアイドルオーラが漂ってたけど!同学年の中でも個性的で目立つ奴だったと思う。僕が目立つのは当然だけど。
 桜子とは中等部に上がってから、少し関係が変わったかもしれない。僕のことをもう「三木ちゃん」とは呼ばなくなった。僕の後ろをついてくることも無くなったし、一緒に遊ぶこともなくなった。そのかわり、一緒に勉強をしたり、軽口を言い合える悪友のような関係になった。
 僕はずっとこの中途半端で居心地のいい関係が続くんだと思っていた。桜子は他の男子と話すことは少なかったし、僕も女子に自分から話し掛けることも少なかった。僕はアイドルだから、女子の方から話し掛けてくることはあるんだけど、何故か一度きりで終わってしまう。僕はまだユリコたちのことを語り足りないんだけどなぁ。
お互いに友達以上恋人未満の、生暖かい関係。それが壊れたのが、中三の頃だった。


「は?今何て言った?」
「だから、私、体育委員になったの」


 中三になって初めて桜子とクラスが別になった。寧ろ、今までずっと同じクラスだったことが奇跡だ。滝夜叉丸と同じクラスでなかったのは喜ばしいが、桜子が自分の教室に居ないことは何とも物足りないものだった。
 そして桜子は、何を血迷ったのか体育委員に名乗り出たと言うのだ。今までは保健、図書、環境とふらふら委員会を変えていたが、今日ふと、たまには体育委員でもやるかなぁ、と手を上げてしまったらしい。
体育委員。当時の委員長は七松先輩で、通常の委員会活動以外でバレーをやったりマラソンをやったりする、暴君と称された人だ。
 そして体育委員といえば、滝夜叉丸がいる。


「何で会計委員に入らないんだよ」
「どうして委員会でまで数字を見なきゃいけないのよ。しかも算盤とかマジでありえない」


 会計だって一度もやってないだろう、と言うと、桜子は目一杯嫌だと言う顔をして、机のうえのクッキーを口に放り込む。
 滝夜叉丸にいい感情を持っていない(ナルシストで自惚れ屋だという噂だけ聞いて、悪い印象を持たないわけがないのだが)ので、大丈夫だと自分に言い聞かせた。何が大丈夫なんだ、とはたと考えたが、その時の僕にはわからなかった。
 中三になってから周りのことが変わりすぎて、僕と桜子の関係までもが崩れ去ってしまう気がしていた。
 その不安は現実となった。
 最初のうちは泣きそうな顔をして委員会に参加していた桜子が、日に日に笑顔で活動するようになった。いつのまにか、滝夜叉丸やその友人の喜八郎とも話をするようになっていた。
 僕がその状況においてけぼりを食らっているうちに、桜子は滝夜叉丸たちと打ち解けていく。
 お互いに始めて会ったときのことは口に出さない。やはり、忘れているんだろうか。僕たちは桜子のおかげ、あるいは桜子のせいで、親密になっていった。
 仲良くなればなるほど、桜子と滝夜叉丸のことが見えてくる。僕に見せる笑顔とは違う、まるでとろけるような甘い笑みで、桜子は滝夜叉丸をいつも見つめる。滝夜叉丸も、自分語りは減らないが、いつも桜子を気遣うようになった。

 とられてしまった。

 この時やっと僕は、桜子が好きで、依存していたことに気がついた。幼馴染みがとられただけではない。生まれたときから育っていた彼女への思いは、瞬く間に潰されたのだ。
 滝夜叉丸には負けたくない。勉強でもなんでも、昔からライバル視していたが、尚更負けたくなくなった。桜子に奴が相応しいか認められるまで、僕は滝夜叉丸と争うことをやめるつもりはない。




「まあ、そうやって一緒にいると、噂通りの奴だけど、噂ほどひどい奴でもないこともわかってさ。
 僕は滝夜叉丸が好きじゃないけど、嫌いでもない」


 友達、だともまぁ、思ってる。
 田村先輩が一気に話し、長い溜息を吐いた。佐吉はいつの間にか静かに席を外していた。


「何も楽しい話なんてできなくて悪かったな」
「いえ、たくさんの意見があるのは当然ですよ」


 寂しげに先輩は微笑んだ。もしかしたら、以前平先輩について憎々しげに語った名前も知らない先輩も、こんな気持ちだったのかもしれない。


「僕はもう桜子のことは諦めたけど、幼馴染みとして心配だからな、もし滝夜叉丸が桜子を泣かせたらぶん殴ってやる」


 そろそろ桜子たちを探しに行くか?と先輩は携帯を取り出す。どうやら先輩に連絡をとってくれるらしい。
お願いすると、ぽちぽちとボタンを押して神庭先輩に電話をかける。今の短さ、先輩短縮ボタンに登録してるな……。
 うん、うん、学級委員長委員会の黒木庄左ヱ門が、と取材の件について話してくれている。ふいに、は?と田村先輩は声を上げた。


「おい、桜子…!」
「どうかしたんですか?」
「…滝夜叉丸とかくれんぼ中、だと」


 かくれんぼ、ですか。ぽかんと思わず口を開けてしまう。田村先輩は重く溜息を吐いた。


「あのバカップルども…!
 悪い、先に滝夜叉丸のところへ行ってくれ」


 おいこら滝夜叉丸、と文句から入り、取材の件を伝える。
 かくれんぼ、か。田村先輩のバカップルは見事的を射ている。これ以上ぴったりな言葉はないな、うん。もう鉢屋先輩には二人はバカップルです。もう運命的にバカップルなんです、と報告してしまおうかな。大きくバカップルとメモして、田村先輩に平先輩の居場所を聞いて教室を出た。





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2011/09/19 如月アスカ