平滝夜叉丸の話

 校舎を出て外を見渡す。平先輩と神庭先輩は、うふふあははとかくれんぼ中か。いったいどうしてそうなったんだろう。とりあえず、外にいるらしい平先輩を探していると、体育館の傍できょろきょろと周りを見回している人――平先輩を見つけた。


「先輩!」
「ああ、庄左ヱ門。桜子を見かけたりしなかったか?」
「いえ、全く」


 そうか、と先輩は溜息を吐く。何故そんなにかくれんぼに熱くなっているんだろう。首を傾げると、ちょっと賭けをしていてな、と苦笑した。よっぽど神庭先輩は負けたくないのか、それとも勝負事には熱くなる性格なのか。後者だろうなぁ。平先輩も負けず嫌いっぽいし。何事も一番!とか勝利が好きなんだろう。というか負けを認めようとしないんじゃないか?
 体育館脇の階段に腰掛けて、先輩はさらりと前髪を払う。本当、黙っていればイケメンなのに。口を開けばぐだぐだと話が長い(しかも自分の話ばっかり)からもてないんだよなぁ。神庭先輩、面倒じゃないのかな?


「で、話だったな。私が如何に美しく優秀であるかを自ら聞きにくるとは、なかなか見どころがある!さて、どこから話そうか。……では、全ての初めであるこの私が生まれたとき……」
「あー、待ってください!僕は先輩と、神庭先輩について聞きに来たんです!」
「む?そうだったな」


 やっぱり面倒くさいこの人。後に回しておいて正解だった。先に聞いていたらどうなっていたことか。
 あー、おほん、と咳払いして、平先輩は髪をくるくると巻き付けながら、何故か自慢気に語り始めた。


「桜子と付き合い始めたのは、私たちが中三の頃のことだな!体育委員になったのが、私と桜子がまともに会話するきっかけだ」


 今までいろんな人に聞いたことをより長く誇張して語る。脇道に逸れかける度に道を修正して、と、綾部先輩以上に面倒かもしれない。ぺらり、とメモ帳のページを捲って、続きを言いだそうとする先輩をさえぎる。埒があかないよ。


「先輩、結局神庭先輩とはどんな感じなんですか?」


 ずばり、聞きたかったことを言ってみる。くるくるしていた指を止めて、先輩は目を丸くした。顔を赤くして、もごもごと言い淀む。正直おもしろい。今まで流暢に話していた「あの」平先輩が、神庭先輩とどうなのか、と聞いただけでこんなふうになるなんて、誰が予想できようか。


「桜子とは、その…仲睦まじく、というか…うまくやってる、ぞ」


 しどろもどろ、といった様子で喋る先輩に、こちらから突っ込んで振ってみる。


「じゃあ、普段はどんなことしてますか?」
「昼は一緒に食べたり、帰りに寄り道したり、一緒に勉強する」
「ふむふむ」


 いたって普通のカップルだ。一緒に勉強、と言うあたりは、流石学年一の頭脳と言うだけある。


「休日デートするなら?」
「で、デートっ!?私の家で勉強するか、ショッピングだな」
「保健体育?」
「は?……ば、馬鹿者!中学生がマセたことを言うな!」


 普通すぎてつまらないなぁ、なんて思ってしまった僕は、大分鉢屋先輩に感化されているんだろうか。気がついたときには、平先輩ならこんな下品な話しないだろう、というのを振っていた。ああ怖い怖い。
 ぼぼっと火がついたように顔を赤くする。うん、やっぱりこうやって話してみると、平先輩は普通の人だ。というか寧ろうぶすぎる気もする。自分の自慢話さえなければ、常識的な人なんじゃないか。まあ、その自慢話をやめることはないんだろうけど。


「まあ、冗談はこれくらいにして。
 神庭先輩のどこがお好きなんですか?」
「全部」


 みごとな即答。
 一秒もなく即答されて、思わず目を見開く。そのリアクションに、何か勘違いしたのか、先輩は慌てて手を振った。


「適当に言ったわけではないぞ!勿論全部好きなのだが!
 まず桜子はよく気が利くし、頭の回転も早くてだな!」


 水が流れ落ちるような勢いで神庭先輩の好きなところをあげていく。メモがしきれないほどだった。ぜはぁ、ぜはぁ、と顔を真っ赤にして肩で息をする。息を整えてから、真剣な顔をした。


「桜子は忘れているだろうが、私は入学したてのときに会っているんだ。まぁ、くだらない言い合いで泣かされたんだがな。
 そのとき桜子が私に言ったのだ。
 『綺麗な顔をしているんだから、自信を持てばいいじゃない』と」


 結局桜子も泣き出して収拾がつかなくなったんだが。
 微かに笑みを浮かべて平先輩は言った。穏やかな笑顔で、いつもより大人っぽく見えた。もしかしたら、これが本当の平滝夜叉丸という人なのかもしれない。


「それまで自分に自信が持てずにいた私を叱り飛ばしてくれたのは、桜子が最初だった」


 それからずっと気にしていて、再開したのは三年になってからだ。桜子が覚えていなくても、私はずっと前から知っていたんだ、と苦笑する。


「そうだったんですか」
「まぁ、それに!私ほど美しく優秀な者の隣には、桜子ほどの者でなければ並べんのだ!」


 ふはは、と高笑いをする先輩は、いつもの先輩だったけど、新たな一面を見たようで、気にはならなかった。神庭先輩も、そんなふうに好きになっていったのかもしれない。


「悪いが、私はそろそろ行く。タイムリミットが迫っているからな」


 ズボンの砂を払って先輩はじゃあな、と去っていった。でも、神庭先輩は僕と取材があるんだから、ここら辺で待ち伏せしてたら会えるんじゃないかな。頭がいいのか抜けてるのか、不思議な人だ。
 僕もそろそろ神庭先輩を探そうかと立ち上がったとき、地面から声がかかった。……地面からってどういうことだ?慌てて自分が座っていた場所の下を覗き込むと、きらきらと光る悪戯な瞳とかち合った。





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2011/10/03 如月アスカ