見つけたよ

『綺麗な顔をしているんだから、自信を持てばいいじゃない』

 彼女の名前は、何だったろうか。春が近くなると、いつもこのことを考える。
 私が大川学園に入学して間もない頃、遊具の取り合いで喧嘩になったことがあった。
 相手は田村三木ヱ門。奴とはその日以来何かと啀み合う仲になった。奴が勝手に突っ掛かってくるだけだが。
そのとき一緒にいた彼女の名前を、私は知らない。それから会うことも無かったし、知っていたとしても忘れているのかもしれない。
 だが、彼女の顔はぼんやりと思い出せる。丸く大きな瞳をしている少女で、最初は三木ヱ門の後ろに隠れていた。
 当時、私は自分が好きではなかった。というより、自信が持てなかった。
 母親譲りのこの顔は、周りの少年たちからは浮いていたし、からかいの対象だった。喜八郎も女顔だったが、まずあいつは人とはあまりかかわらず、一人でぼーっと土を弄るほうが多かったな。そのおかげか、反応が返ってこないのはつまらないらしく、喜八郎はからかわれることはあまりなかった。
 何故こんな顔に生んだのか、と母に当たったこともあった。鬼のような形相で叱られたが。母は般若から普段の顔に戻り、私を優しく諭した。
 それはあなたの個性なのだから、何を恥じることがありますか。もっと自分に自信を持ちなさい。平滝夜叉丸という人物は、今私の目の前にいるあなたしかいないのだから、胸をはりなさい。
 それと同じことを、彼女は私に言った。当たり前のことのように、彼女は私に言い放ったのだ。同い年の、小柄な少女にそう言われて、私は今までうじうじと悩み愚図っていたのが大変恥ずかしく感じた。からかわれたときよりも、何故そんなことを悩むのかと首を傾げられたことのほうが恥ずかしかった。
 今まで人にからかわれ、悪いようにしか考えられなかったこの顔も、彼女が言うなら良い方に考えよう。私は人より優れているのだと、今まで私を馬鹿にしてきた奴らを見返してやろうと、そう決心した。
 一緒に遊ぶ相手がいなかったために、やることといえば専ら勉強。意味もなくその習慣化された行為を繰り返すのもやめた。私は奴らの上に立ち、成長した姿を彼女に伝えるのだ。そう思うと、ただ繰り返していたことは、無意味ではなくなった。
 いつしか私は学年で一番の成績で、沢山の賞を受賞するような優等生になっていた。
 これで彼らを見返せた。そのはずなのに、何故か胸にぽっかりと穴が開いたように虚しかった。まだまだ遊びたい盛りで、周りは流行のゲームの話題や芸能人の話ばかり。私が近寄れば皆は避けていく。
そんな中、変わらず傍にいたのは喜八郎だった。はぶれたもの同士、周りがいなくなれば私たちは一緒にいることになる。


「綾部はあいつらと遊ばないのか?」
「別に、僕は土を弄ってるほうが好きだし。平はいいの?」
「私だって、そうだ。あいつらといるより、一人のほうがいい」
「嘘吐き」


 一人がいいなんて、嘘ばっかり。


「だいたい一人じゃないじゃない」
「は?」
「僕がいるじゃん、滝夜叉丸」
「…そうだな、喜八郎」


 彼女に会うこともなく、とにかくいつかあるだろう再会の日に向けてただひたすら自分を磨き続けた。
 もう一ヶ月ほどで、また学年が一つあがる。いつになったら彼女に会えるのだろう。言葉を交わしたことなど、あの日の一度しかないのに、私の彼女への想いは増していった。


「喜八郎、できたか」
「うん、はい」


 クラスメイトのノートの提出のために教室で二人居残り。喜八郎があと一ページ写させろと言うために放課後になってしまった。乱雑な字で句点を書き殴り、ノートの塔に積む。付き合わせたくせに喜八郎は面倒だとか重いとか言って手伝いもしない。仕方がなく両手に抱えて職員室へ運ぶ。まぁ体育委員として日々活動している私にかかれば、これくらいの重量はなんともないが。
 職員室の手前で一人の少女とすれ違った。
 すれ違ってから、何か見覚えがある、と立ち止まる。大川学園程の巨大校ならば、顔は知っていても知り合いではない、ということは多い。名前は知っていても顔は知らないというのもまた然り。普段ならなんでもないことだと流せるのだが、何故か足が動かない。
 ゆっくりと振り返る。私と同じ年頃だろう。どこからくるのかはわからないが、確信があった。彼女は、あの時の人だ。自分の目が見開かれていくのがわかる。
 ぼんやりマフラーを巻く彼女。少し伏せられた目。もう何年も経つというのに、変わらず愛らしく感じた。あの日の面影に、目の前が霞んでいく。


「桜子!」
「あ、三木」
「提出するだけで何分かかるんだ!」
「あーごめんごめん」


 ぎろり、と三木ヱ門の奴が睨み付けてくる。
 だがそんなことを気にするよりも、私は彼女の名前を知れたことと、声が聞けたことで胸がいっぱいだった。ころころと鈴が鳴るように高く響く。どんな音楽よりも私の胸を震わせる。
 ああ、彼女は桜子というのか。
 三木ヱ門に引っ張られて走っていく桜子の後ろ姿を見つめる。それはあの日、三木ヱ門の後ろを走っていた彼女そのものだった。





見つけたよ
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その声で名前を呼んでくれないか

2011/11/09 如月アスカ