彼女の話

「庄左ヱ門、やっほー」


 目が合ったその人は、僕の名前を呼ぶ。その声は少し楽しげでからかい混じり。もしかしなくても、神庭先輩だった。


「お探しの神庭桜子ちゃんでーす」


 なんというのか。階段の下というか、縁の下というか。とりあえず普通そんなところにいるとは思えないようなところから出てきた神庭先輩。埃臭くないのか。
 ツインテールを揺らして楽しげに笑う先輩は、スカートを直しながら先程まで平先輩が座っていた位置に腰掛ける。


「え、何でそんなところに」
「聞いたでしょ?かくれんぼ。この下ってさ、意外と広くて涼しいんだよね」
「賭けをしてるとか聞いたんですけど」
「タイムリミットまでに私を見つけられたら一つ言うこと聞いてあげるってやつ」
「因みに見つけられなかった場合は?」
「スタバのキャラメルフラペチーノトッピング付けまくりを滝の奢り」
「…平先輩のあの様子じゃ、普段から出してくれてるんじゃ?」
「うん、だから実質賭けなんて無いようなものよ。ただ二人して勝負事に煩いからさ。負けたくなくてこんな賭けを付けちゃっただけ」
「なるほど」


 やっぱり負けるのがいやなんだ。予想どおりの答えに苦笑していると、神庭先輩はそれにしても、と首を傾げた。


「私、滝がそんな前から私のこと知ってたなんて覚えてなかった」
「聞いてたんですか」
「庄左ヱ門がここに来る前からここにいたもん。滝がここに座ったときは焦ったね」
「じゃあ、先輩は平先輩との最初の出会い覚えてないんですか?」


 んー、と膝を抱えてその上に顎を乗せる。向こうから見たら下着が丸見えなんじゃないかな。先輩大分無頓着だなぁ。どうして僕がハラハラしなくちゃいけないんだろうか。ちょっと自分のクラス以外の面倒までみきれないんだけど。


「確かに綺麗な顔の子がいたのは覚えてる。自信持ちなよとか言ったのも覚えてる。けど」
「けど?」
「そこらへん記憶が曖昧で。男の子だったっけなーって感じ」
「……」
「綾部も女の子かと」
「まぁ、確かに中性的な顔立ちですが……」


 くすくすと先輩は押し殺した笑い声を上げると、懐かしそうに空を見上げた。


「私、昔百花に滝との出会いは運命だったのよ!なんて語ったことがあったんだけど、それもあながち間違ってなかったってわけだよね」
「ああ、先輩からそんな話を聞きました」
「気まぐれや偶然が重なっただけでしょ、とか言ってたんじゃない?」
「まったくその通りです」


 まぁ私も本気で運命を信じてるわけじゃないけどね、とからりと笑う。


「運命って言うのもロマンチックでいいと思うけど、私が滝夜叉丸を好きなって、滝夜叉丸が私を好きになってくれたことを、そんな陳腐な言葉で表されるのは嫌だなぁ」
「ロマンチックで嬉しいって言ってるのに陳腐とは、矛盾してますね」
「女子高生の心境なんてそんなもんよ。女心は秋の空」
「平先輩とは?」
「万年真夏ね」


 ぽんぽんと弾むように返ってくる先輩の返事は、確かに飽きなどこないように小気味いい。


「そういえば、取材でしょ?」
「あ、はい」
「でもさぁ、もう私に聞くことなんてないんじゃない?」
「いえいえ、どうして平先輩と付き合う気になったのか、とか聞きたいことは山のようにありますよ」


 女は秘密があるほうが魅力的っていうのに、と口を尖らせる先輩に苦笑して、メモ帳のページをめくる。むぅ、と頬を膨らませた神庭先輩は、ぷすっと空気を抜いて笑みを浮かべる。本当にころころ表情が変わって、見ていて飽きない人だと思う。


「じゃあ滝夜叉丸の好きなところを教えてあげようか」
「あはは、平先輩みたいに全部、ですか?」
「ふふ、まあ間違ってはいないんだけどねぇ」


 さらり、とツインテールを揺らして、先ほど平先輩が去っていった方を眺める。


「私が二つに髪の毛を結ぶのも、滝夜叉丸が似合うって褒めてくれたからだし、私がいつも笑うのだって滝夜叉丸が笑った顔が可愛いって言ってくれたからだし」


 くるりと髪を一房指に絡める。それは平先輩の癖と同じだった。


「滝はね、努力の人なんだよ。勉強だって容姿だって。性格はアレだけどさ。最初の動機がどうであれ、滝夜叉丸は努力し続けることをやめない。
 私もそんな滝夜叉丸に恥ずかしくないように、綺麗でいられるように努力するのよ」
「なるほど。周りの人は平先輩のあの性格で、その本質に気がつかないんですね」
「そ。まぁ、滝夜叉丸の自惚れ癖も私は嫌いじゃないんだけど」


 話聞いてたら私にも原因の一端があるみたいだし?と苦笑する。あの自惚れが嫌いじゃない、とは先輩は本当に凄い。変人、と周りが言うのも確かだ。


「努力家で、ぐだぐだ自分語りが長くって、でも性根は優しくてお節介焼きな滝夜叉丸が、大好きなの」
「聞いてるこっちが砂糖を吐きたくなるような惚気をありがとうございます」
「いえいえ」


 ごうん、ごうん、と学校のチャイムが鳴ると同時に、某スコットランド民謡が元の定番の曲が流れる。タイムリミットだ、と先輩は立ち上がった。


「一日取材しておいてもらって何だけど、これ本当に新聞に載せるの?」
「鉢屋先輩次第ですね。気まぐれですから、もしかしたらやっぱやーめた、って言うかもしれません」
「そっかー。できれば載せないでほしい、かな」


 僕がきょとん、と目を丸くすると、唇に指を当てて大人っぽく微笑んだ。


「だって、皆が滝を好きになっちゃうでしょ?」
「は、あ…」
「滝の素敵なところなんて、私と友達数人が知ってればいいんだよ」
「自分の恋人が誤解されたままでいいんですか?」
「理解者がいないわけじゃないし、それに」


 言い掛けたとき、平先輩が向こうから走ってきた。悔しそうに眉をひそめながらも、穏やかに神庭先輩を見つめる。滝の負けね!と言う先輩は、先ほどの大人っぽい笑みが嘘のように明るく悪戯な笑顔だった。


「じゃあ、これくらいでいいかな?」
「あ、はい。お手数かけまして」
「いえいえ。滝の素敵なところが聞きたくなったらいつでもおいで。話すだけならいくらでもしてあげる!」
「はは、機会がありましたら」


 じゃあね、と手を振る先輩が、向こうを見る直前に何かを言った。一瞬みせた、大人の女性のような妖しげな笑み。何を言ったのかは全然わからなかったけど、ただ一つ確実なのは、神庭先輩はただの可愛い先輩ではないと言うことだろう。
 あそこまでお互いがベタ惚れなんて、本当聞いてるこっちが胸焼けしそうだ。





彼女の話
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滝は私だけの滝でいればいいんだよ

2012/02/11 如月アスカ