名前を呼ぶ

「滝、これは?」
「喜八郎…同じ問題を五分前に説明した気がするんだが」
「気がするなら気のせいだよ。ほら、問二は?」
「まったく、次はよく聞け!」


 滝、喜八郎。平くんと綾部は仲が良い。本人たちはそう言うと否定するかもしれないけど。羨ましい、と思う。私は別に平くんの彼女でも兄弟でもないから、軽々と彼の名前を呼ぶことなんて出来ない。


「三木、これは?」
「喜八郎、今同じ公式を使う問題、滝夜叉丸に教わってなかったか?」
「ああ、それ使うんだ」


 滝夜叉丸。幼馴染みの三木も、彼を名前で呼ぶ。三木は平くんをライバルだとか気に食わないとかいうけれど、一応認めてはいるようだ。彼らでさえ名前で呼びあうのに、私は「平くん」だなんて。今さら平くんに名前で呼んで良い?なんて尋ねるのも馬鹿らしい。


「神庭、わからないところでもあったのか?」
「えっ?」


 手が止まってるぞ、と指摘されて顔が赤くなる。私は今勉強中、しかも平くんがわざわざ教えてくれるって言ったのに、恥ずかしい。


「ごめん、ちょっと英語のここがわからなくて」
「どこだ?見せてみろ」
「ありがとう」


 うまく笑えただろうか。平くんの前ではいつでも可愛い子でいたい。たとえ三木がうわぁ、と気色悪そうな顔をして殴りたくなっても我慢。平くんの前でそんなふうに乱暴なところは見せたくない。
 ずっと手を止めていた場所――わからないわけじゃないんだけど――を指差して教えてもらう。どれ、と私の隣に寄ってくる。触れ合いそうなくらいに近くて、胸が苦しくなる。服越しに体温が伝わるように、私の腕の辺りが暑い。


「ここは関係代名詞で文章が長く繋がっているから、後ろから訳すと良い。whomだから――」


 つらつらと説明してくれる平くんの息が、私の耳元にかかる。近くない?近すぎじゃない?とちらりと綾部たちの方を見ると、三木がぼんやりしている綾部の首に腕を回して耳元で説明していた。ああしないと話を聞かないようだ。なるほど、綾部のときの癖か。安心したような、残念なような。近くにいられるのは嬉しいけど、無意識だなんて。


「というわけだ、わかったか?」
「うん、ありがとう」
「っと、すまない。喜八郎を見るときの癖で。近かったな」


 今気付いた、と言うように軽く目を丸くして照れたように笑う。やっぱり、無意識だったようだ。気にしないで、と私も笑い返すが、内心もっとひっついていてもよかったのに、なんて思う。でもそんなことは言えない。だって平くんの前の私は純情な普通の女の子なんだから。
 でも、やっぱり。
 平くんの照れ笑いを見て、仮面の裏の私が笑う。もう一歩、このまま進んでもかまわないんじゃない?今のまま良いお友達で終わるなんて。それは嫌。にっこりともう一度笑う。


「ありがとう、滝夜叉丸」
「ああ、…え?」


 ぽかんと口を開いたまま固まる滝夜叉丸に、私は満足して微笑む。そうよね、純情な女の子ってだけじゃあ物足りない。別の面も見せて魅了してやらなくちゃ、ね。





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室町の時よりくのいちっぽくなるとはこれ如何に。
08/02 如月アスカ