先輩に言われた通りに校舎裏の花壇へ行くと、大きな麦わら帽子をかぶった人が見える。首には元は白かったであろう土に汚れて茶色くなったタオルを巻き、右手にはスコップが握られている。恐らく綾部先輩だろう。
「綾部先輩?」
「…兵太夫と同じクラスの」
「黒木庄左ヱ門、です」
「何か用?」
平先輩と神庭先輩についてお話を伺いに。そういうと、動かしたままだった右手を止め、振り返る。ざくり、とスコップが地面に突き刺さる。先輩は丸い目を何度か瞬かせて僕を射ぬく。
「何で?」
「鉢屋先輩が『あいつらが何で付き合ってんのか気になる』と仰ったので。校内新聞に載せる予定です」
ふぅん、校内新聞ねぇ。何を考えているのか読み取れない目で、ぼんやりと僕を見つめて言った。暑さで意識が朦朧としているわけではない、ですよね?花壇の周りに敷かれた煉瓦に腰掛けて、先輩は僕を隣に招く。軍手を放り投げながら何が聞きたいの、と何処に向かって発しているのかわからない声で尋ねる。先輩の目には普通の人には見えない何かが見えていたりでもするのだろうか。そっちには誰もいないんですけど。
とりあえず、話してくれる気にはなったようなので、メモとペンを取り出して口を開く。
「平先輩について、神庭先輩関連で何かありますか?」
「滝と桜子、ね」
ふむ、と考えるように視線を泳がせて、僕のもとまでやってくる。じっと見つめられているだけなのに、何故か焦った気持ちになる。まったく綾部先輩は不思議な人だ。
「話してあげるけど、変に面白可笑しく捏造するのはやめて」
「もちろんです」
滝、あんな奴でも傷つきやすいから。
平先輩は確かに友達は少ないけど、その少ない友人とは深く信頼しあってるんだな。こんなに心配してくれる友達がいてよかった。
先程あんなに先輩を毛嫌いする人がいて、本当に孤独な人じゃないかと不安だったから。田村先輩とは毎日喧嘩しているらしいけど、ライバルだと言うからには、お互い認め合っているってことだし。こんないい人――かわってるけど――が友人なんだから、やっぱり平先輩は悪い人じゃないと思う。
「で、桜子と滝のことだっけ。滝ねぇ、滝」
「じゃあ、平先輩について、綾部先輩はどう思います?」
「変なやつだと思う。いちいち煩いし。僕がグラウンドに穴掘ろうとすると怒るし。
でも悪い奴じゃないよ。僕は好き。うざいけど」
「うざい、ですか」
「うん。テスト前になると強制的に勉強させられるし。土をいじるならせめてジャージに着替えろだとか、戻ってきたらまず手洗いうがいしろとか――」
「わかりました、よくお世話してくれるんですね」
そうそう。三木もよく口出してくるんだよねー。とじゃりじゃりとスコップを引き抜いて地面をいじる。平先輩はお母さん気質なんだろうな。伊助と似てるかも。綾部先輩をみていると、平先輩は世話をやきたくなるんだろうなあ。今まで聞いたナルシストで自惚れ屋という話が嘘のように苦労人でお母さんのようだ。
あ、そうだ、と声をあげてスコップを再び地面に刺す。ざぐり、とけっこうな強さで刺されて地面が悲鳴をあげた。僕は先輩を何か怒らせただろうか。
「僕以外にも話聞いたの?」
「はい。嘉島先輩と、名前も知らない先輩二名ほどに」
「嘉島さん、なんて言ってた?」
「平先輩と神庭先輩が付き合い始めたのは中三からだと」
「じゃあ、僕は二人がただの友達だった時の話でもしてあげるよ」
「ありがとうございます!」
「ぷっちんプリン一個ね」
「え」
プリン、ですか?と尋ねても、知らんぷりして土をいじる。ぴゅうぴゅうと口笛を吹いてごりごりと地面に円を描く。仕方がない。溜息を吐いて頷いた。
にっこりと先輩は笑ってすらすらと話しだす。必要経費だ。後で鉢屋先輩にしっかりと請求しよう。
綾部先輩が語る話にペンを走らせながら鉢屋先輩への請求もメモをしておく。この話を聞いたらちょうど昼休みが終わるかな。
「そのときのトッポが期間限定プリン味で……」
「先輩、トッポの話じゃなくて平先輩たちの話を……」
もしかしたら、昼休みをオーバーするかもしれない、なあ……。
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2011/08/06 如月アスカ