ナックルシティに行くためにも、まずは目の前にあるエンジンシティに入るとしよう。
長い階段を一段ずつ上り、一番上まで辿り着いた頃には心臓がこれでもかというくらいにバクバクしていた。
「大丈夫ですか、雨音?」
「だ……、だいじょぶ……」
「まぁ、初めて来た奴にはキツイかもな」
あははと笑いながら風飛が背中を摩ってくれた。運動不足が長距離移動するのは大変だ。
睡蓮から水を貰い、ふぅっと息を吐く。
振り向いてワイルドエリアを見下ろすと、これまでに歩いてきた平原が夕焼け色に染まっていた。
最初に到着したワイルドエリア駅が、遥か遠くに見える。遠回りしてきたけれど、ここまで自分の足で歩いてきたのだと思うととても感慨深い。道理で足が痛いわけだ。
「あ! やっと来たわね、雨音!」
「……? あ、ソニアさん」
知った声に名前を呼ばれ、見ると片手に紙袋を下げて駆けてくるソニアさんがいた。近くまで来ると、彼女の視線ははたと気づいたように私の後ろに向けられる。
「あら、新顔が増えてる。ちょっと雨音〜、二人もイケメン侍らせちゃってモテモテじゃ〜ん」
「いや、侍らせてるつもりは……」
「もう、冗談よ冗談! 貴方はポケモンよね? 睡蓮が平然としてるってことは」
「プハッ! 判断基準は睡蓮なのか! 初めまして。アーマーガアの風飛です」
「睡蓮は雨音第一主義者だからね〜。人間の男が雨音に近付こうもんなら黙ってないでしょ?」
「勿論」
「お前も否定しねぇのな」
「いつものことよ。私はソニア。一応、ポケモン博士の助手で、ガラルの伝説を調べてるの。敬語は使わなくて良いわ。よろしく!」
「おう、よろしく」
お互いに自己紹介するソニアさんと風飛。二人とも人見知りしない性格だからかすぐに仲良くなれたようだ。
「ところで、ソニアさんが何故ここに?」
「そうそう! 雨音。はい、これ」
睡蓮が促すと、ソニアさんは持っていた紙袋を私に渡した。何だろうと中を覗けば、新品のカーディガンやTシャツ、スカート等が入っている。
「サイズは合う筈よ」
「え……、これ、私に?」
「そ! 旅デビューの記念にね!」
「で、でも、こんなにたくさん……」
「良いから受け取っときなさい! 私が雨音の旅でサポートできることなんて少ないけどさ、こういうので応援くらいはさせてよ」
記憶を取り戻すことなんて、容易なことではない。他人に手伝えることがあるのかもわからない。それはソニアさんも3年間一緒に過ごしてきて理解してくれている。だから、こういった形にしてサポートしようとしてくれているのだろう。
心遣いが嬉しくて、何故だか鼻がツンとした。
「……ありがとうございます。宿泊先で試着してみます」
「うんうん! 是非そうしてちょうだい。それじゃ、疲れてるだろうし、このままポケモンセンターで部屋とって休みなさいな」
エンジンシティにはスボミーインというホテルもあるのだが、今日は明日のジムチャレンジの開会式のためにジムチャレンジャーたちが泊まっている。どう考えても満室だろう。
この時期になると、ガラル地方ではジムチャレンジが開催される。各地のポケモンジムに挑戦し、8個のジムバッジを集めた強者だけが、チャンピオンカップへと進むことができる。ガラル地方最大の祭典だ。
明日の開会式は、エンジンシティのスタジアムで行われる。きっと多くの参加者で溢れるのだろう。