連れてこられたのはテニス部の部室だった。
嘘だと言ってくれ。
夢小説でありがちなマネージャーなのだろうか。いっそのこと選手として出ろと言われてみたほうが希望が持てるのではないか。だめだ混乱が治まらない。
氷帝学園テニス部レギュラー陣勢揃いで、理久は急激な腹痛を覚えた。
「先生方に、お前のことを気にかけてやってくれと言われてな。テニス部のマネージャーになれ、他にもマネージャーはいるから仕事量は心配しなくていい」
やだこわい帰りたい。
気にかけてくれなくても大丈夫なんだけど。
やるだろ?という跡部のドヤ顔が今だけ物凄く腹が立つ。綺麗な顔しよって。
「いや、あの……私運動部とか、苦手で、文化部に入ろうかと思って…その」
理久は元々社会人になる寸前の年齢だったのだ。よって理久から見てみれば跡部は年下も年下。
なのに何故、年下にびびらなくてはならないのだろうか。
「……ほう」
跡部が目を細め、眉間に皺を寄せる。怖すぎる。
彼の鋭い視線に理久は冷や汗をかいた。
すると、部室内に妙な違和感を覚える。
「(……?)」
困っているように見せかけて視線を周囲に移す。そこで、あるモノと目が合った。
理久はギョッと目を見開く。
"それ"は日吉の背後からこちらを覗いていたのだ。
サッと顔を青くして理久は目を逸らす。床を見ろ、床を見ておけと脳内で繰り返し唱え視線を下げると
「うわァ!!!!」
日吉の背後にいたラプンツェルですか?ばりの長髪女が床に寝そべりこちらを見ているではないですか。
いくら幼い時から幽霊が見えて祓い方も熟知しているとはいえ、怖いものは怖いし吃驚するものは吃驚する。
「おいどうした」
跡部が怪訝な表情を浮かべ声をかけてくるが、理久としてはそれどころではない。
少しずつ後ずさる理久を、"それ"は寝そべったままこちらへ近づいてくる。何だその気持ち悪い近づき方は。まだ貞子のように這いつくばられたほうがマシだ。
『………カ………エリタ……イ…カエ…リタイ……』
"それ"の声が聞こえる。
理久は"それ"を凝視しながら、あることを思い出した。
日吉って怖いもの好きだったな!?廃墟巡りとか好きじゃなかったか!?あいつ連れてきたな!!?!?
じりじりと近づく"それ"から目を離し、理久は日吉を見やる。
「ちょ、そこの、そこの君、最近心霊スポットかどっか行った!?ねえ!?もっかい行ってきて!そしてこの人ちゃんと戻してきて!!」
日吉は目を丸くする。図星なのだろう。
「………猫宮、てめぇ何言ってやがる」
いよいよ跡部が不審がってきた。もうそれでいい、これからは私に構わないでほしいと理久は切に願った。
「もっかいあの人に憑きなさい!そしたら帰してくれるから!オーケー!!?」
理久は必死に"それ"に対して言葉を投げる。
日吉を指さしながらそう説明すると、"それ"は小さく頷いた。オーケー通じるんだ!?
そして最後の仕上げとばかりに、理久は日吉に向かって歩き出し、彼の腕を掴んだ。
「あれ、絶対、戻してきてね」
理久は力強い目をしてぎゅっと日吉の腕を掴めば、こちらににじりよってくる"それ"を指さす。
一時的に"視えた"日吉はぎょっとして、反射的に一歩後ずさった。
「じゃあ私他の部活入るんで!!!!すいませんありがとうございました失礼します!!!!」
床に置きっぱなしだった鞄をひったくり、理久は風の如くテニス部の部室を飛び出した。