夏本番を前に既にうだるような暑さを感じる。
ここからさらに暑くなるのかと思うと気が滅入りそうだった。
「なぁんで私も行かなきゃならんの…」
ガタンゴトンと電車に揺られ、理久は膝の上に置いた鞄を抱えた。
「ちゃんと置いてくる自信がない」
自信がないと言いながら妙に楽しそうなのは日吉だ。
彼は理久の隣に座りモデルよろしく足を組んで優雅に座っている。
今日は日吉に憑いているモノを元の場所に戻すため朝から電車を乗り継ぎ遠出中だ。
なんやかんやと日吉に丸め込まれた理久は面倒ながらも付き合わなければならなかった。
ちら、と日吉を見れば、日吉の向こう隣に行儀良く座る異形と目が合う。
ぎょろぎょろとした目は未だ怖いが、雰囲気は少し嬉しそうだ。
「何だ?」
「やっと帰れるから嬉しそうだよ」
「そうか」
オカルト大好き日吉は始終楽しそうで、作品を通して見ていた時の印象と全く違った。こっちのほうが、ちょっと、少し……いやだいぶ………バグっているかのように感じてしまうのは仕方のないことですよね?
****
「最悪だわ」
日吉に案内され到着したのは、多分昔ホテルだった廃墟だ。
この場所に近づくにつれ頭痛いわ寒いわ気持ち悪いわでついてきたことを心の底から後悔した。
理久は視えるが故に心霊スポットやら廃墟には自ら絶対近づかない。
それが仇となり、この霊障による体調不良の辛さをすっかり忘れていたのだ。
理久は急いで強めの結界を張り、自分の周囲の空気を浄化した。
「俺は何ともないんだけどな」
「日吉強いわ、ある意味」
廃墟の本来入口であった場所の前まで来ると、理久は視線を日吉に向ける。
正確には、日吉に憑いている"それ"にだ。
周囲にはおびただしい程の浮遊霊が居て、こちらを遠巻きに眺めている。
「ここで合ってる?」
そう問いかければ、"それ"は小さく頷き日吉から離れると、廃墟の中へ入ろうと進み始めた。
ザァ…とひときわ強い風が吹く。
一瞬だけ、"それ"の元の姿を見た気がした。
「あー待って待って」
理久は少し寂し気な背中をする"それ"を引き留める。
日吉も"それ"もハテナを浮かべ、理久を見つめた。
「猫宮、俺視えねえんだけど」
「今なら大量の浮遊霊も視えちゃうけどどうする」
「視たい」
「頭おかしいわ…」
理久は少し呆れながら日吉の手に触れる。
今回は少し強めに、理久が手を離しても一定時間視えるようにした。
途端に日吉は体を少し強張らせる。昼間とは言え、これだけの浮遊霊に囲まれたら反射的にそうなってしまうだろう。
そんな日吉を横目に、理久はこちらを凝視している"それ"に再び声をかけた。
「別れる前にさ、酒盛りしよう」
「は?」
声を上げたのは日吉だ。
理久は自分の鞄から180ml程の清酒と、くるんだ新聞紙の中から桜の花が美しく描かれたグラスを取り出した。所謂『花切子』というやつだ。
「おい未成年」
「私が飲むんじゃないですぅ」
トリップする前は成人していたので普通に飲んでいたが今は未成年、さすがにダメなのは理久も理解している。
理久は器用に清酒を開け桜が描かれたグラスに並々と全て注ぎきると、"それ"に向けて差し出した。
「いつまでもここに居ちゃいけないでしょう。私はこういうことしかできないけど、近い将来、あなたが行くべき場所へ行けますように」
"それ"は少し戸惑いながらも、理久が差し出したグラスを受け取り、恐る恐る口をつけた。
音はしない。けれども少しずつ飲み干していく。
飲み干した"それ"はグラスを差し出すので理久はグラスを受け取った。
「願わくば、導きの先に幸多からんことを」
その言葉を聞いて、"それ"は笑って涙を零した。
****
「……酒くせえ」
手についてしまったらしい清酒の匂いが微かに香る。
理久は少し顔を顰めて鞄に入れていたウエットティッシュで手をごしごしと拭いた。
「………ねえさっきから何見てんのよ」
「感動中」
「はぁ?」
「まさか自分の目で幽霊を視れる日がくるとは思わなかったからな」
「あそう…」
「これからもよろしく頼むぜ」
「わざわざ面倒事探してくるのはやめてね…」
「善処する」
「断言してくれ…」