次の日、昼休みに会いたいと松本からメッセージが来ていたので彼女の教室まで足を運ぶ。
加藤と松本は同じクラスらしく、理久が廊下の外から顔を覗かせるとこちらに気づいたようだ。

「ごめんねわざわざ。ちょっと別のとこで話そっか」

そう言って笑う松本の目元は赤い。きっとこれでも冷やしてきたのだろうが、まだまだ赤みは引けないようだった。
三人で屋上に出ると、濃い青空が広がっていた。

「結論から言うとね、間に合ったよ。ちゃんと最後、声も聞けたのよ」

そんなことを聞かされて、泣かないわけがない。
理久はぼろっと涙を零した。

「私が生まれてすぐから居る子だったから、歳だったんだよ。病気とかそういうんじゃなくてね」

松本は懐かしそうに、愛おしそうに、視線を遠くへ向ける。

「美和から聞いたけど、猫宮ちゃんって幽霊とか視えるんでしょ?……今、居る?」

辛そうに、泣かないように、少しだけ顔を顰めながら松本が理久に問いかける。
今にも泣きそうな顔をしている松本を心配するかのように、彼女の肩には昨日視た茶色と白の猫が擦り寄っていた。
理久は笑って、頷く。

「きっとあの子、優しい子だったから、居ると思った。私が落ち込んでる時とかずっと近くに居てくれたんだよねぇ」

加藤は何も言わず、松本の話を聞きながら街がある方角を眺めていた。

「早くゆっくり休んでほしいけど、見えなくても、まだ離れたくないな」
「松本先輩ぃ〜〜〜〜〜」

ダムが決壊したようだ。
理久は両目から大量に水を流している。まるで滝のようだ。

「猫宮ちゃん泣きすぎ!」

そんな理久を見て松本が大きく噴き出した。そんなこと言ったって動物の話は弱いのだ、昔から。
このまま松本に触れてやれば、視せてやることもできる。けれどもそんなことをしてしまえばますます離れがたくなるだろう。きっとそれは、彼女のためにならない。

「少しずつ、気持ちを整理していくしかないんだよね。猫宮ちゃんありがとね、本当に。あのまま寄り道とかしてたら絶対間に合ってなかった…」
「やめて〜〜〜先輩やめて〜〜〜〜鼻水出る〜〜〜〜」
「うわきたなっ」

加藤が理久の顔を覗き込めばそう言って噴き出した。さすがに傷つくな?

「ていうか、日吉が懐いてるのってそれが原因か?」
「懐いているというか…まあ……初対面の時にあいつやべーもん憑いてて、思わずそれ早く返してこいって言っちゃって…一緒に帰してきましたよ、廃墟に」
「廃墟に!」

ゲラゲラと松本が笑う。それを見てほっとしたように加藤がふっと息を漏らした。

「怖くないですか?多分私近くにいると色々起きますよ」
「…それは若干怖いけど……猫宮ちゃんならなんとかできるでしょ?」
「そこは抜かりないです」
「なら大丈夫よ」

意図せずして松本が首を僅かに傾けながらそう言う。傾けた側には彼女が愛した猫が居て、近くなった彼女の頬に嬉しそうに頬擦りをしていた。

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それから少しして、夢に猫が出てきたと松本が嬉しそうに言っていた。
家の中で、綺麗なオレンジ色の夕日を浴びた愛猫の横顔を見たそうだ。
愛猫は生前と変わらない可愛い声で一声鳴くと、スッとこちらへ歩いてきて、そこで目が覚めたらしい。
そう語る彼女の肩にはもう猫の姿はない。
行くべき場所へ行くという合図だったんだろうと理久は思う。

「ようやく安心できたんでしょうね」
「そうだといいなぁ」

やはりまだ寂しそうだが、憂いはない。
過去に囚われて前に進めないことが一番怖いことだ。
彼女にその心配がなくなったことで、理久は心の底から安堵した。