拾参

喜ぶのはまだ早いわけで。

鳳の背後、部室の中から女の呻き声が聞こえる。
その声は鳳と日吉にも聞こえたらしく、理久の前後でそれぞれピタリと固まった。

「鳳くん苦しい……」
「ああ!ごごごごめんね……!!」

女の子に抱き着いているということにやっと気付いた鳳は顔を赤らめ勢いよく離れる。そのまま後ろに後退ってしまいそうだったので彼の腕を掴んで引っ張った。

「日吉ほら、今日は触らなくても視えるでしょ」
「……あれ何だよ」

部室の中に蠢くモノ、ギョロギョロと充血した目を忙しなく動かし、肌は青白く生気はない。無造作に伸びたボサボサの髪が意思を持って動いているように見え大変気持ち悪い。
その女は自分の手の爪を、指ごと食べる勢いで齧っている。そのせいで指先と口元は血で染まっていた。
生気ない顔してるくせに血は流れるんだなと理久は内心笑った。

「……あああ、あれ、なに、ねえ、猫宮さん…!?」

鳳にも視えてしまったらしい。

「ちょっと待ってて」

そう言って理久は部室の中に入るとドアを閉める。
ドアを閉めてしまったことに驚いた日吉が外から何度もドアを叩いていた。

「猫宮!」

ほう、日吉若も焦る時があるのか。
そんなのんきなことを考えていると、気付けば目の前にあの女が居て、爪ではなくもはや指を齧りながら理久の顔を覗き込んでいた。

『…………ア……ナイ…アゲナ………ィ………アゲナイ……アゲナイアゲナイアゲナイアゲナイアゲナイ』

ただひたすらにアゲナイと繰り返す女を見て理久は溜息をこぼす。

「あんたのものでもないでしょ、はい解散」

敵意剥き出しの女の顔にぺたりと紙を貼る。
それは理久特製のお札だった。
お札を貼られた女は耳をつんざく程の絶叫を上げ、黒い霧となって霧散する。

「猫宮!!!」

背後のドアが勢いよく開けられた。
日吉はだいぶ焦った顔で理久を自分のほうへ向けると両肩を鷲掴み怪我がないかチェックしている。親のようだと理久は思った。

「終わった終わった」
「お前な……!」

若干怒りを露わにする日吉に、理久は眉間に皺を寄せながら首を傾げる。何故私が怒られねばならないのだ。
普段自らオカルトを求めに行く日吉のほうこそ叱ってやりたいものだというのに。

「日吉!肩!指食い込んでるから!傷物になったらどうしてくれんのよ責任取りなさいよね!」
「それは勘弁」
「ファック!!!!!!」

理久の言葉に日吉はすぐさま手を離した。損得勘定が速くて素晴らしいですね!

「鳳くんさぁ、今日誰かに何か貰わなかった?鞄に入ってるでしょ」

さあ出しなさいと理久は手を伸ばす。
鳳は驚きながら鞄からあるものを取り出した。それは可愛くラッピングされたプレゼントのようだった。

「これ、別のクラスの女の子から貰ったんだけど……お菓子だって」
「物凄く言うの憚られるんだけどさ、あー……いや、多分鳳くんも分かってるとは思うけどその子鳳くんのこと好きで、念がね、とてもね、込められててね、加えて夜の学校という場所が災いしてさっきのが出来上がってしまったわけなんだけど」
「気持ちじゃなくて念かよ」
「そう、もはや念だった」

日吉が心底嫌そうな顔をする。仕方ないじゃないの、恋する乙女はいつも全力疾走なのよ。
理久はポケットからお札を一枚取り出し、鳳が持つプレゼントにぺたりと貼り付けた。

「このままにしとけば明日食べれるよ!大丈夫!」
「いやいやいやいやいや!いやこれ、そんなこと聞かされたら食べれないよ…!!」
「大丈夫だよ、よくありがちな爪とか血液とか髪の毛とか入ってるわけじゃないから!」
「ねえ本当勘弁して!!」

鳳は顔を青くして若干涙目だ。ごめん本当ごめん。

「じゃあ私貰っていい?」
「よろしくお願いします」

いらぬ想像をさせてしまい、申し訳なさそうに小包を鳳から受け取る。鳳はほっとしたように表情を和らげ、ありがとうと言った。

「その紙、札か?」

理久が持つ小包を日吉が覗き込んでくる。どうやらお札に興味があるらしい。

「うん、私が作ったやつ」
「……お前が?」
「私こんな体質だから、祓い方も身に着けてるしお守りとかも作れるよ」
「羨ましい」
「そんなこと言うのあんたくらいだよ」

物凄く真剣な顔でそう言う日吉に理久は目を細めた。

「……猫宮さん」

日吉と睨み合いするようにお互いの顔をじっと見ていた時、鳳の弱弱しい声が聞こえた。
そちらに顔を向ければ、控え目に鳳が口を開く。

「俺に何か、お守り作ってくれないかな…俺視えはしないけどたまに変なこと起きて……それが、今回みたいに誰かに物を貰った時なんだよね…」
「それは、作ったほうがいいね…」

理久は真剣な表情で頷いた。